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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【244】

92 :第六十三回ワイスレ杯参加作品:2023/12/15(金) 22:10:34.98 ID:W9AW81XN.net
かつて、金がでるという噂に荒くれものたちが大挙して新大陸の荒野に押し寄せた。彼らは荒野に点在するオアシスを根城とし、金鉱を血眼になって探し回った。人口二百人足らずのこの小さな街は、そうした荒くれものの一派の採掘拠点の一つだった。
昔はたいそう栄えた街だった。だが金が枯渇してゴールドラッシュの熱が冷めると街は一気に衰退した。それでもオアシスがあったから街が完全に消えることはなかった。荒くれもの達の子孫の一部はオアシスの周りに貼りつくようにして今もこの街に暮している。この物語の主人公もその一人だ。
彼は浮浪者である。錆びたトタン屋根の家々が立ち並ぶ路上が彼の家だ。雪の舞う季節になってもその生活は変わらない。どんな暑さ寒さにも彼は馴れていた。
彼は人の役に立ちたいと願っていた。だが彼にその才能は乏しかった。愚鈍すぎて客商売は無理だし、不器量なのでマネキンにはなれず、高齢で体付きは骨と皮ばかりなので肉体労働も不向き。自力で生活することもままならない。
ただ一点、悪事は一度も働いた事がなかった。道端に落ちている小銭に手を伸ばす事すらしない。そんな彼に近隣の住人は同情してパンや小銭を恵んだり、ガラの悪い連中に絡まれていれば助けていた。おかげで彼は(正確な年は彼にも分からないが)五六十代になるまで生き永らえている。
雪の降る夜、彼はいつものように一人地面に座り、親切な老婆のくれたパンを頬張る。焼きたてのパンは温かく、冷え切った体に染みた。有り難い事だなあ。彼は飯をくれた老婆に心の中で感謝する。それでも心の髄は冷えたままだった。
「俺は同情されたい訳じゃない」ぽつりと呟いた言葉は誰にも届かないまま、虚空に消えていった。
翌朝から浮浪者の奇行が始まった。人の畑を踏み荒らしながらわあわあ叫ぶ、小さい女の子を追い回すなど。住人の間に噂はすぐに広まった。
――あいつは悪い事はしなかったのに、とうとう完全におかしくなっちまった。みんなそう言って残念そうに頭を振り、ため息をついた。
街の人たちに冷たくされるようになった浮浪者は、根城にしていた街を旅立つ事にした。
行く宛はない。路銀も糧食もない。でも世話になった街にこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかなかった。
「きれいな街を、俺の死体で汚したくはねえからな」
街を背に浮浪者は、分厚い雪の積もった荒野をひたすらに進む。二十分も歩けば街の喧騒は去り、聞こえるのは浮浪者自身のざくざくと雪を踏む音だけになった。雪原に一人きり。獣や鳥は一匹もいない。彼らにも帰る家があって、今はみんな家で冬籠りしている最中なのだ。
――いいさ。誰だって死んだら土の中で一人ぼっちなんだ。
彼は考える。ここでなら、もう誰にも迷惑も心配も掛けずに死ねるぞ。
突如ごうと突風が吹き、あまりの勢いに浮浪者はその場で仰向けにひっくり返った。
「……なんだあ!?」
起き上がった浮浪者は驚いた。何もなかった雪原の、ほんの数メートル先に人の腕が覗いている。先ほどまで雪で隠れていたのだろう。
浮浪者はその場へ走り、周辺の雪をかき分ける。掘り進めて行くと雪の中から、見知った少年の顔が現れた。猟師の息子だ。たまにパンを差し入れてくれていたから浮浪者は彼を覚えていた。
「おい、大丈夫か!」声を掛けながら少年の顔をばちばち叩くと、少年はうっすら目を開けた。
「……おっちゃん?」
それから浮浪者に手伝われながら、目を覚ました少年は何とか雪から這い出した。彼は猟の時に兎穴を踏み抜き、そこで足を挫いて出られなくなったのだと話した。
「おっちゃんがいなかったらオレ、兎穴の中で凍え死んでたよ。ありがとう」
照れくさそうにそう言われて、浮浪者の目から熱い涙が溢れた。
「おっちゃん?!」「ごめんなあ……でも俺は嬉しくて」
慌てる少年に浮浪者は泣き笑いしながら言った。 ――お礼を言った事はあるけど、言われた事なんて初めてだあ。
「そんな……おっちゃんは最近頑張って人助けしてたのに」少年は悲しげに呟いた。
「オレはおっちゃんの事見てたよ。街のみんなは誤解してる。おっちゃんは畑の虫を追い払ってくれてたのに畑を荒らしたって言うし、おっちゃんが変な奴から女の子を庇おうとしてたのに、逆に女の子に付き纏ったなんて言うし」
浮浪者はびっくりして少年を見た。
「だから、これからオレがおっちゃんの誤解を解いてやる。助けてもらったお礼」
びっこをひいた少年は浮浪者に支えられながら街に帰り着くと、両親、続いて街の人に浮浪者に助けられた事を話し聞かせた。
浮浪者の誤解は解け、狩人である少年の両親は浮浪者に非常に感謝して、宿無しの彼に街はずれの狩り小屋を提供した。だから彼はもう浮浪者ではない。今では住処と食事をもらう代わりに狩小屋をきれいに掃除するという仕事を立派に果たしている。

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