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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【244】

150 :第六十三回ワイスレ杯参加作品:2023/12/16(土) 22:52:04.21 ID:aT9aaWuF.net
「東吾君が風邪で休んでた時のノート、どうぞ」
平野繭は笑顔で言うと、隣の席の牧野東吾の机にノートを置いた。
「あ、ありがと……」東吾が口ごもりながら応える。
「おい、平野! なに贔屓してんだよ。そんな陰気なヤツによ」
中学一年のなかでも特に気の荒い川村武が割って入った。クラスの誰よりも可愛らしい繭が気になって仕方がないようだった。
「川村君、前に花壇でふざけて水仙を踏みつけたでしょ?」繭は川村をにらむ。
「そのあと、東吾君が水仙をちゃんと丁寧に植え直してくれたのよ。だから、あんなにキレイに咲いてるの」
そう言うと、窓の外を指差した。一階の教室の前の花壇には、白と黄色の水仙が冬のキンとした空気のなかで咲いていた。
「はあ? 花壇? 水仙? 東吾は女かよ。おかま野郎! 痩せてヒョロヒョロだしよ」
東吾を馬鹿にするガキ大将を、繭はいっそう睨んだ。
川村は制服のズボンのポケットに右手を突っ込むと、ニヤッと口の端を上げた。繭の前に右手を差し出す。手には20cmほどのヘビが握られていた。
「きゃあああっ」
繭は悲鳴をあげると、ガタンっと大きな音を立てながら椅子に落ちるように尻もちを付いた。
「やめろっ」
東吾はヘビを、いや、ヘビのおもちゃを川村から素早くもぎ取ると、自分の上着のポケットにねじ込む。
「おいっ、返せよっ、おかま野郎」

「こら、何を騒いでるんだ? 席に付け!」
教師が声をあげながら入ってくると、川村はやべっと舌打ちして自席に走る。
東吾は隣の少女を見やった。いつもは薄紅色の頬をしているはずの繭の顔はひどく青白かった。紫色の唇を噛みしめ、うつむいている。
「だ、だいじょう……」
東吾は声をかけようとして、止めた。席にも座らずに突然、走り出す。
「おい、牧野! どこへ行くんだ」教師が叫ぶ。
静止も聞かずに教室の外に出ると、すぐに大きなバケツを下げて帰ってきた。バケツに波々と入った水を、迷いもせずに繭に向かってザッとかけた。
他の生徒から悲鳴があがる。繭は声も出ない。
東吾はバケツに三分の二ほど残った水を、今度は自分の頭からバシャン!とぶちまけた。
繭の胸から下は水が滴り、何より東吾は全身ずぶ濡れとなった。二人の周りは水浸しだ。
「うわーっ」生徒達が仰天するなか、東吾は教師に引きずり出されていった。恋敵の危機を、川村だけが笑顔で見送っていた。

冬の古い校舎はとにかく寒かった。教育相談室は暖房もない。服を着替えることもできずにびしょ濡れで立つ東吾に、教師の長い小言が続く。
寒さにガタガタと歯の根も合わないほど震えながら、ただ黙っていた。
そのうち、東吾と繭の両親が呼ばれた。
繭の両親はあまり責めなかったが、東吾の母親はひたすら謝り、父親の怒りは強かった。
「お前、なんでこんなことした?」「女の子に水をかけるなんて最低だな」「なんだこのヘビは? こんな悪さばかりしてるのか」
ポケットから出ていたヘビのしっぽを見咎め、父親はなおさら激昂していく。それでも、東吾はずっと沈黙するだけだった。
皆が止める間もなく、ゴッ!!と部屋中に大きな音が響いた。こぶしを握る父親の前で、東吾は赤くなった額を抑える。
ただ、黙っていた。

両親に連れられての帰り道、繭の顔はまだ青白かった。あの後すぐに保健室でジャージに着替えて暖かなストーブに当てられても、頬に薄紅色は戻らなかった。
「繭がよく褒めてたから良い子だと思ってたけど……東吾君にはガッカリだわ」
母親が言うと、父親も同調する。
繭は急に顔をくしゃくしゃにすると、泣き出した。
「違う、違うの……ごめんなさい。私、私」涙をボロボロこぼしながら続ける。
「私……お漏らし……お漏らししちゃったの。そうしたら、秀一君がすぐに水を汲んで来てかけてくれて」
「お漏らし!?」
夫婦は顔を見合わせると、何かを悟った。
「ああ、そういうことか!」

繭はことの次第を細かく話した。最後に母親の袖を引くと、顔を寄せて小さな声で口にした。
「私……私ね……できたら、いつか秀一君の……お嫁さんになりたい」
繭はいつのまにか耳まで薄紅色に染まっていた。
「あらまあ、お嫁さん? そうね。東吾君ならママ賛成だわ」と母親は茶目っ気たっぷりにウィンクする。
「東吾君のお嫁さん!? そいつは気が早過ぎないか」
父親は切なそうな顔をしていたが、ひとつ大きく頷くと心のなかで呟いた。
「だが……うん。あいつはいい男だ」

夕暮れの冷たい風のなかに、ふと柔らかな水仙の香りが流れてくる。
その十年後に東吾と繭が結婚した話は、また別の機会に。

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