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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【244】

125 :第六十三回ワイスレ杯参加作品:2023/12/16(土) 16:21:40.02 ID:gIr+n0tv.net
 雪の中を走るキハ12形の赤い車両が遠くに見える。スーツ姿の拓雄は、幌舞駅のホームから目を凝らす。銀世界に混じる赤が神秘的な色合いに見えた。
 拓雄は父である幸義が汽笛を鳴らしていた姿をよく知っている。毎日のように、日に数本しか走らないキハ12形に乗っていた。
 それだけに、幸義が毎度ぼやいていた、千九八十年のキハ12形の引退を耳にタコができるほど聞いている。
 ふと目を凝らすと、幌舞駅のホームに赤いマフラーをした女の子の姿が見えた気がした。

〜〜〜

「ほらアンタ、ちゃっちゃと起きなよ」
 しゃがれた声がして、拓雄は目を覚ました。ぼぅっとしながら目を開けると、長年連れ添った妻の姿がある。起き上がろうとして、体の節々が痛んでしょうがなかった。
「あぁなんだ。若いころの夢かぁ」
 そう言い、グっと背筋を伸ばした。この体も、昭和が終わって平成になっても動いてくれている。
「なんだい、昔の女の夢でも見たのかい」
「女ぁ? そうだなぁ、違うとは言えねぇなぁ」
「ハッ、こんな爺さん、アタシ以外の誰が相手するっていうのさ」
 夢の最後に現れた赤いマフラーの少女を思い返しながら、いい加減に布団から出る。父が死んでから引き取った一軒家の窓向こうには、いつものように雪が降り積もっていた。
「こりゃあ、いい加減本腰入れて雪かきせんとなぁ」
「なに言ってんのさ。爺さんは引っ込んでそこらの若いもんに任せりゃいいんだよ」
「若いもんって言っても、ここらにぁ、たいして人も住んどらんしなぁ」
 アンタのせいだと妻が言った。幌舞駅の近くだなんて、人が少なくてしょうがないとボヤいている。しかしそれは、拓雄が父の跡を継げなかった、せめてもの償いだった。
 だが幌舞駅はそもそもとっくに廃止され、長らく走る列車の姿はない。とはいえ走らないが列車はある。キハ12形そのものではないが、キハ40形764号気動車が展示されている。見た目は同じような物であり、拓雄の趣味は、それを見に来た観光客をポラロイド写真に残すことだった。
「さて、そろそろ出るかぁ」
 朝飯もそこそこに、拓雄は立ち上がるとポラロイドカメラをカバンにしまい、玄関先から雪かき用のスコップも持つと幌舞駅へ向かう。次第に赤い車両が見えてきた。
「夢の中よか、ずいぶん褪せたなぁ」
 夢の中で真っ赤に見えた車両とは違い、展示されているのはすっかり色褪せていた。
「こんな雪の日じゃ、観光客もいねぇかぁ。まぁいいわ。今日もやらにゃあなぁ」
 雪かき用のスコップを手に、幌舞駅と近くに展示されているキハ40形764号気動車の周りの雪をどかしていく。老齢に差し掛かった拓雄にはキツイ作業だが、やめては死んだ父に叱られると冬場は毎日続けている。そんな拓雄の視界の端に夢に出たような赤いマフラーの少女が立っていた。
「嬢ちゃん、こんな寒い中一人でなにしてんだい」
 十四かそこらの少女は拓雄の顔をジッと見てから口を開いた。
「この電車が好きなの」
「なに? この電車が好きかぁ。最近の若いもんは、電車に興味なんてないと思っとたんだがなぁ。しかし嬢ちゃん、寒くないかい」
「寒いね、ここはずっと」
「なら、電車の中入るか」
 だが、少女は首を振った。
「もう、この電車の事はよく知ってるの。でもオジサン、そのカメラで撮ってほしいものがあるの」
「ん? ああ、なんだい」
 拓雄はカバンから覗いているポラロイドカメラを手に取る。なにが撮りたいのか拓雄が訊くと、少女はもう廃止されて長い幌舞駅を指差した。
「あの駅の路線に立つから、そこを撮ってほしいの」
 妙な頼みだと拓雄は思った。だが写真の一つくらい安い頼みだ。
「よぉし、丁度雪も晴れてきた。とびっきりの一枚を撮ってあげるよ」
 微笑んだ少女は深い雪だというのに足を取られることなく走っていった。自分は歳をとったものだと笑いながら、拓雄も幌舞駅のホームにようやくたどり着く。
 少女はもうずっと電車の走ることのない路線の上に立っていた。カメラに収めるとシャッターが切られる。しかし拓雄がカメラから目を離すと、少女の姿はなかった。おかしいなと辺りを見回す。声に出して呼んでみる。だが、少女の姿はどこにも見えなかった。
「あんれ、狐にでも化かされたのかなぁ」
 呟いて頭を掻いていたら、ポラロイドカメラから写真が出てきた。
 それを見て、拓雄はしばし言葉を失った。やがて口を突いて出た言葉は、ただ一言。
「おったまげたなぁ」
 写真には、夢で見た真っ赤なキハ12形が映っている。しっかり路線に乗って客を待つように佇んでいた。
 ふと、拓雄の耳元で少女の声が確かに聞こえた。「ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」と。

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