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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【212】

821 :第五十六回ワイスレ杯参加作品 :2021/03/04(木) 22:08:00.29 ID:ADyqi7EL0.net
 突然の出来事に立ち尽くす。
 街に突風が吹き荒れ、目の前を歩いていた女性のスカートが大きく捲れ上がった。
 舞台の幕が上がるように、長い黒髪と共につむじ風に踊るグレーのフレア。その奥から登場した、黒のストッキングに包まれた長い脚。膝上からわずかに顔を覗かせる太腿の白い肌。
 そしてモノトーンの背景の中にただ一つ色彩を顕にする、水色のショーツ。僕はその鮮烈なコントラストに、目を奪われた。
 だが僕が立ちすくんだのは、そのせいではない。その直後、慌ててスカートを抑えた女性が振り返りジロリと僕を睨みつけてきた、その眼を見てしまったからだ。
 彼女は僕と視線が合うと、その瞳に更なる怒りと蔑みを込め、それからプイっと前を向いて足早に去って行った。
 別に僕が悪い訳じゃないのに、なんて理不尽な。とは思わなかった。僕の脳裏にはただ、水色のショーツと蔑むように睨みつけてきた彼女の視線だけが、はっきりと焼き付いていた。
 そう、僕は一目惚れしてしまったのだ。
 それからの僕は、木枯らしの吹きすさぶ冬の街を毎日のように彷徨い歩いた。彼女に会いたい、そしてあのシーンをもう一度……。いや、そこまで妄想を膨らませた訳ではないが、でも僕には確信があった。彼女こそきっと、運命の人だと。
 そして一か月が過ぎ、僕は再び彼女と出会った。
 長い黒髪と、先日と同じような、でも今日は薄茶のフレアスカート。人ごみの中にその後ろ姿を見つけて、僕は思わず駆け出した。
 その時、再び突風が吹き荒れ、彼女のスカートを巻き上げた。
「あっ」と僕が声を上げるのと、彼女が後ろを抑えながら振り返るのが同時だった。
 ジロリと睨みつけて来るその視線は、記憶の中にあったものと同じ。そして水色のショーツも。僕は動悸が速くなるのを感じながら、彼女に声をかけた。
「あの……」
「何ですか?」
 冷たい声。僕のことなんか憶えてもいないのだろう。
「先日はどうも。今も……あの……」
 途端に、彼女が大きく眼を見開いた。僕を思い出したのだ。
「何なんですか、あなた。偶然とはいえ、ちょっと気持ち悪いですよ」
「いえ、偶然じゃないんです。ずっと貴女を探していました。貴女のことが忘れられなくて」
「ストーカー? やめて下さい、本当に気持ち悪い」
「ごめんなさい。でも、真剣なんです」
 嘘じゃない。僕は真剣に彼女を求め、そして彼女にとっても僕こそが運命の人であるはずなのだ。それを確かめるために、僕は言葉を発した。
「えっと、あの……」
「何ですか、言いたいことがあるならはっきり言って下さい」
「水色がお好きなんですね」
 彼女の顔色が変わった。
「ああああ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 鳥肌が立つ!
 本当に何なんですかあなた、何言ってるんですか! その変な眼付きもやめて下さい! 豚みたいな体して、さっきから何をハアハアと息荒くしてんですか!」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないですよ! 早く消えて下さい、死んでください!」
「ごめんなさい、ごめんなさい。あ、でも僕も黒のストッキングは好きです」
「ふざけんな! もっと真剣に謝れ! ほんと最低! あんたなんか生きてる価値あるの?! このみっともない豚! ウジ虫! 踏みつぶしてあげるからそこにケツ出せ!」
「有難うございます、有難うございます」
 僕はひたすら頭を下げながら、怒りと侮蔑に唇を震わせ罵声を浴びせかけてくる彼女の顔を、チラリと盗み見た。
 ああこれだ、間違いない。僕達はやっと出会うことができたんだ。
「ゴミ! クソ虫! 包茎野郎!」
 道路に這いつくばり頭上から降りそそぐ罵倒の嵐に身を震わせながら、僕は喜びに頬が緩むのを止められなかった。
 そして街中で人目もはばからず、大の男を踏み付けにして口汚くののしり続ける彼女の顔もまた、僕と同じ。
 薄っすらと笑みを浮かべていた。

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