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卍…毎日マンネルへイム元帥で冬戦争は問答無用…卍

1 :名無し三等兵:2013/02/22(金) 00:19:59.81 ID:???.net
やっぱ1000いく前に落ちちゃったね

卍…マンネルへイムな毎日に冬戦争なひと時を…卍
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1316922747/

682 :名無し三等兵:2018/02/22(木) 08:35:47.44 ID:zf2p0zg+.net
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683 :名無し三等兵:2018/02/24(土) 19:56:08.89
ソ連軍砲兵の機械化を担うニコライ・ヴォロノフは激務に追われていた。1942年12月に編成された自走砲連隊は、SU-76自走砲4個中隊(17両)と
SU-122突撃榴弾砲2個中隊(8両)で構成されていた。しかし、SU-76とSU-122の一体運用には難があり、1943年5月に軽自走砲連隊と中自走砲連隊に
再編成された。

ソ連では対戦車戦は、戦車ではなく砲兵の仕事であった。1943年7月のクルスク戦では、新型のドイツ軍戦車に対し122mm榴弾砲が非力であることが
露呈した。そこで12両のSU-85駆逐戦車を装備した独立自走砲大隊が編成され、軍または戦線司令部の直轄とされた。より規模の大きい駆逐戦車連隊も
編成された。同連隊は機械化軍団に配属され、対戦車火力支援を担当した。SU-152重突撃砲は、独立重自走砲連隊(21両)に編成され、戦線司令部直轄で
重要方面に投入され、戦車や歩兵部隊の直接支援に当たった。

大量の砲兵部隊を編成するため、教育・訓練の充実、来たるべき大攻勢に備えた砲弾の備蓄、前線への輸送等で、彼は1日に16時間から20時間働くこと
さえあった。さらに最前線の司令官と直接会話することを好むヴォロノフは、各地の司令部を飛び回った。遂には、彼は体調を崩し、モスクワに留まり
静養を強いられることとなった。

684 :名無し三等兵:2018/02/25(日) 15:39:53.55
1943年末、ソ連軍は全戦線での攻撃計画を用意していた。1944年の冬季線は全戦線での同時攻勢ではなく、兵力を1戦域に集中する
こととなっていた。1月にはレニングラード、次いでウクライナ、その次がフィンランドである。ドイツ北方軍集団は戦略予備の
南方転出により弱体化していた。

1944年のソ連砲兵ドクトリンPU-44では、最前線から後方に至るまで、それぞれに十分過ぎるほとの火力を集中し、全縦深を同時制圧
することが突破作戦成功の必須条件とされた。移動手段が制限される砲兵部隊は砲兵師団に集められ、攻勢時に集中しようされることに
なった。ヴォロノフはレニングラード地区に、火砲21000門、ロケット砲1500門、対空砲600門を送り込んだ。

1944年1月15日、レニングラードの完全解放とドイツ北方軍集団の殲滅を目標とするレニングラード・ノヴゴロド作戦が開始された。

685 :名無し三等兵:2018/03/21(水) 17:56:36.44
兵力約40万人、戦車・突撃砲125両のドイツ北方軍集団に対し、レニングラード、ヴォルホフ、第2バルトの3戦線にバルチック艦隊、
長距離航空艦隊から成るソ連軍の総兵力は125万人。戦車及び自走砲は1580両、航空機は1386機に達した。1マイルあたり320門が
配置された火砲により、2時間半に渡り50万発という史上空前規模の砲弾がドイツ軍陣地に撃ち込まれた。

1月27日、レニングラードの街頭に設置されたスピーカーからレニングラード戦線司令官レオニード・ゴヴォロフ、共産党政治局員
アンドレイ・ジダーノフらレニングラード軍事委員の演説が放送された。「同志レニングラート戦線の兵士、軍曹、将校、バルチック
艦隊の水兵、労働者諸君、およそ20日に及ぶ激しい戦いの末、歴史的に重要な任務は達成された。レニングラードは敵の封鎖と攻撃から
解放されたのだ。この勝利の日を記憶しよう。レニングラード戦線の兵士、そして労働者に栄光あれ!」

午後8時、324発の祝砲が瓦礫と化したアパートや工場に轟いた。ドイツ軍の先遣部隊が市の外郭防衛戦に姿を見せた1941年8月21日から
889日目のことであった。

686 :名無し三等兵:2018/03/23(金) 18:52:19.38
この方面でこんなに戦力差がありましたか。確かにドイツは西部や南方
に戦力分散しているのだからこうなったのでしょう。兵力だけでなく自動小銃など歩兵火器でも差がつく頃ですね。

687 :名無し三等兵:2018/04/07(土) 07:40:49.39
ニコライ・ヴォロノフらの努力により、赤軍内では火力重視のドクトリンが制定され、砲兵の集中使用が進みました。

赤軍の歩兵火器については、ドラム型の弾倉の付いた短機関銃はコストが安く大量生産向きなので大量に支給されたものの、
ライフルの方が遠距離から強力な打撃を与えられるので、主力にはならなかったようです。市街戦や陣地内線などでは
威力を発揮したようですね。

688 :名無し三等兵:2018/04/07(土) 07:49:20.82
ドイツ軍はパンターラインと呼ばれる防衛線に後退した。31日、カイテル元帥はマンネルヘイムに書簡を送った。
「北方軍集団の後退はフィンランドへの脅威を増大させるものではない。」

2月になるとソ連軍はエストニアに迫り、ナルヴァでは激戦が展開されていた。エストニアのドイツ軍は、フィンランド
防衛の要であった。一度エストニアがソ連軍の手に渡れば、そこはフィンランド攻撃のための格好な拠点となる筈であった。
マンネルヘイムは、冬戦争の際にヘルシンキやトゥルクで展開された対空戦闘を思い返した。「エストニアからドイツ軍が
撤退すれば、フィンランドがソ連と和平を結ばざるを得なくなる」彼のメッセージは繰り返しドイツに伝えられた。
マンネルヘイムの懸念を察したがごとく、ソ連空軍は3度に渡りヘルシンキを空爆した。効率的な防空システムにより、
被害は最小限に食い止められたが、マンネルヘイムは、ソ連軍は強大になっており早々の和平が必要であると
大統領リッティに説いた。

689 :名無し三等兵:2018/04/14(土) 19:28:36.09
「122mm砲を装備した新型重戦車の生産が始まっています。」フィンランド情報部のケトネン中将の元には不吉な情報が
集まりつつあった。ソ連の攻勢準備は、スウェーデン軍からの内密に伝えられている。「ロシア軍の攻勢の時期は6月。
場所はカレリア地峡と予測します。」ケトネンはマンネルヘイムに報告した。フィンランド軍はカレリア地峡の防衛線、
VTラインの整備を急いた。

2月8日、スターリンはフィンランドに和平条件を提示し、12日フィンランド政府はパーシキヴィをストックホルムに
派遣し、交渉を開始した。しかし、ソ連側の条件は冬戦争後の国境の確定に加え、新たな領土割譲、多額の賠償金、
フィンランド領内のドイツ軍の抑留など過酷を極めるものであった。政府を主導していた財務大臣ヴァイノ・タンネルら
親独派は結論を先延ばしにした。

690 :名無し三等兵:2018/04/15(日) 18:49:40.68
21日、マンネルヘイムは1926年生まれの新兵の部分動員と共に、前線司令官交代を決意する。ドイツへ派遣されていたタルヴェラは
帰国することとなり、代わりにヒューゴ・エステルマンがベルリンへ向かった。マンネルヘイムと比較的冷ややかな関係にいた
ハロルド・オーキュストが軍訓練総監に任命された。さらに用心のため、ペトロザヴォーツクに駐留する装甲師団に、ヴィープリへの
移動が発令された。3月、マンネルヘイムは防御施設計画本部長ハッグルンド中将に極秘の任務を与えた。「ドイツ軍がフィンランド
政府中枢部に打撃を与える可能性がある。ヘルシンキの防衛を準備して欲しい。」ソ連との交渉の如何によってはドイツとの
手切れの可能性があった。ハッグルンドは応えた。「承知しました。元帥。」彼は8千名からなる防衛部隊を編成し、自警団、
訓練センターから1万名の予備部隊を用意した。「およそ1個師団を確保します。」マンネルヘイムは彼の計画を承認した。

691 :名無し三等兵:2018/04/22(日) 21:03:50.51
この頃、メッサーシュミットBf109G-2型21機の購入契約がドイツとの間で締結された。フィンランド空軍第34戦隊が
この機材を装備することとなり、使用中のBf109は第24戦隊に譲られることとなった。3月21日、第24戦隊のハッセ・ウィンドは
La-5を撃墜した。これが、彼にとってブルーステルでの最後の戦果となった。

ヘルシンキに駐在している日本武官の小野打はフィンランドとソ連の和平交渉に気付いていた。小野打は日記に記している。
「坂谷大使と面談。ヴァイノ・タンネル曰く、フィンランドはドイツの勝利の見通しの元に戦争を開始したが、その可能性は
失われた。戦争を終結させる時が来た。」この3月下旬の時点で、親独派のタンネルすら、和平へ舵を切ったことが伺える。
小野打は溜息をついた。

3月26日、パーシキヴィと外相エンケルがフィンランド政府代表として、空路モスクワへ向かった。

692 :名無し三等兵:2018/04/28(土) 21:52:42.56 ID:6P2Gt8PC.net
まだ生きていたんだね、このスレ。
いまでも時々過去スレを読み直すよ。
更新されなくなって久しいけど、すばらしいスレッドを作ってくれて感謝。

693 :名無し三等兵:2018/04/29(日) 07:20:32.15
ソ連外相モロトフとの会談は27及び29日に行われた。「まず、ドイツとの関係を絶つこと。貴国がこれに同意して
初めて他の問題を討議することができる。」パーシキヴィはフィンランドの立場が中立であることを主張し、ドイツ軍を
交渉によって撤退させることを述べた。「それではドイツは、撤退させた部隊を他の戦線へ転用できるではないか」
しかし、モロトフはこの件に関してはドイツ軍追放でよしとした。

その後、パーシキヴィはモロトフから和平の追加条件の提示を受けた。「1940年国境の回復。ただし、ハンコを
ペッツアモと交換しよう。それと貴国が1940年6月に我が領土を侵略して以来被った被害賠償だ。我々の見積もりでは
総額12億ドルに相当するが、貴国にはせめてその半額6億ドルを賠償いただきたい。」6億ドルは当時のフィンランドの
外貨保有高5年分に相当する。「我々は、貴国に無条件降伏を求めているわけではない。貴国政府の交代も要求していない。
貴国都市の占領も求めてはいない。」モロトフは提案が寛大なものであることを強調した。

同じ29日、シーラスヴォ中将はVTラインの建設について最高司令部に報告した。「VTラインは机上の存在です。
我々の資材の状況から言っても、近い将来に完成する見込みはありません。」

4月2日、帰国した代表団は、首相、外相らが同席する中で大統領リュティにソ連側の和平条件説明を報告したが、
要求内容の膨大さに列席者は困惑した。フィンランドにとってドイツ軍の追放ないし拘禁はあまりに大きな
課題であった。これにはマンネルヘイムも沈黙せざると得なかった。「これは、我国の独立を破壊しかねない提案だ」

パーシキヴィはただ一人和平条件受入れを主張し、容れられないと晃るや決然退席した。

694 :名無し三等兵:2018/05/03(木) 15:48:11.99
「フランスへの上陸作戦は5月31日前後。最終的な日程は天候と潮流により決定する。」西側連合国からスターリン
の元へ待望の第2戦線の知らせがもたらされたのはこの頃であった。スターリンは6月中旬に東部戦線でも新たな攻勢を
開始することを西側連合国に通知した。しかしスターリンは、具体的にどこで攻勢を開始するのかは告げなかった。

ドイツ北方軍集団はナルヴァでソ連軍を阻止している。OKWのカイテル元帥は、マンネルヘイムにナルヴァ戦線に
フィンランド軍視察団を受け入れる用意があることを伝えてきていた。これを受けてフィンランド軍は7日、
ヴァーロ・ニーティラ作戦部長を含む4名の将校をナルヴァへ派遣した。

695 :名無し三等兵:2018/05/04(金) 23:22:15.06
4月 12日、首相リンコミエスは国会に対し、ソ連側の和平条件はフィンランドの独立を危険にさらす冒の説明を行ない、
国会の支持にもとづいてフィンランド政府は、会談継続を拒否するにいたった。ドイツからも強烈な圧力がかけられた。
 フィンランドの新聞が、エストニアのタルツ大学の収蔵品がソ連軍の手に落ちるのを防ぐため、ドイツ軍がこれを
輸送したことを批判する記事を掲載すると、フィンランドとソ連の和平交渉を知ってたヒトラーはこの記事を口実に、
13日、フィンランドへの穀物輸出停止を命じた。さらに4月18日には軍需物資の禁輸も決定された。「ドイツ軍の反撃
により、クリヴァソーの橋頭堡は破壊され、ソ連第59軍の2個軍団を殲滅。救援のソ連第8突撃軍は後退の模様。」
ナルヴァに派遣された使節団の報告も、エストニア戦線の安定を知らせてきた。この日、リュッティ大統領は
和平交渉を打ち切った。

危機は去っていなかったが、マンネルヘイムは9500名の前線の兵士に実家に戻り農作業に就く許可を与えた。
種まきの季節になったのだ。この時、フィンランドの食料自給率は40%にまで低下していた。

696 :名無し三等兵:2018/05/05(土) 18:28:51.43
和平交渉が打ち切りになると、ソ連軍は着々と攻勢の準備を進めた。4月28日、第21軍が再び編成され、レニングラード戦線
参謀長のドミトリー・グーセフ中将が司令官に任命された。大戦開始以来、ソ連軍は継戦能力の限界に近い危機的な水準にまで
人命を消耗していた。このため、最も損害が少なくなるよう攻撃方式を考案せねばならなかった。砲兵による破壊主義が持論の
ヴォロノフは、2個砲兵突破師団にカチューシャ・ロケットを装備する親衛砲兵師団を加えて、各種野砲計712門を有する
第3突破砲兵師団をナルヴァ戦線から引き抜いた。「師団レベルの砲兵の不足は重突撃砲や旧式重戦車、120mm重迫撃砲で
補おう。」歩兵部隊の不足は重突撃砲連隊や重戦車連帯で補われた。

各部隊は補充、再編、訓練が必要だった。攻勢の主力部隊には、他戦区の狙撃師団の定数を減少させ、補充要員を確保した。
第108軍団に加え、ナルヴァ戦線から移動してきた第30親衛及び第109軍団が、夜間を利用して船でオラニエンバウムから
フィンランド湾岸に輸送された。第97軍団と第3突破砲兵軍団は線路で移動したが、レニングラードは迂回し、国境地帯の
森の中に潜んだ。無線は封止され、砲兵は発泡を厳禁されている。

1941年のフィンランド軍攻勢の際、ソルタバラの包囲網から命からがら脱出したソ連第49戦車連隊のイワン・ゴルシュコは
少佐に昇進し、レニングラード戦線戦車整備部副指令になっていた。

697 :名無し三等兵:2018/05/13(日) 12:40:01.87
マンネルヘイムは情報部からの報告書に目を通していた。「敵に新部隊編成の可能性あり。レニングラード地区で、
新しい歩兵師団、砲兵部隊、装甲部隊、そして以前にはいなかった新しい司令部要員の動きが観測される。」
5月10日、マンネルヘイムは将校達に再び防衛線の強化を訴えた。「諸君らは圧倒的に強大な敵に直面している。
私は尋ねよう。指揮官諸君、君達は十分な準備は出来ているか?」しかし、マンネルヘイムの激励にも関わらず、
この時はまだVTラインは全く機能していない状況であった。

カレリア地峡で活動するソ連軍機は1200機にも達していた。Bf109への改編を急ぐフィンランド空軍戦闘機隊は
強力なソ連空軍に果敢に戦いを挑んでいた。16日、緊急発進した第32戦隊のニッシネンのメッサーシュミットは
ヌーモイラ上空でLa-5を撃墜した。27日にはハッセ・ウィンドもBf109による初撃墜を果たす。爆撃機隊も
負けてはいなかった。18日、フィンランド空軍はヘルシンキ空襲の報復として、レニングラードの東方100マイル
東にあるメルギノのソ連軍飛行場を42機の爆撃機で夜間攻撃を行った。

698 :名無し三等兵:2018/05/19(土) 19:21:18.36 ID:qmM7J888.net
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699 :名無し三等兵:2018/05/27(日) 23:22:16.78 ID:82A3yKUN.net
とりあえず保守

700 :名無し三等兵:2018/06/05(火) 21:34:34.98 ID:IaxKRVVP.net
名スレ保守

701 :名無し三等兵:2018/06/09(土) 21:34:30.29
ソ連第30親衛軍団はレニングラードを解放し、ナルヴァで戦った歴戦の3個狙撃師団から成っている。
第45親衛狙撃師団は、冬戦争を戦ったかつての第70狙撃師団であり、第63親衛狙撃師団は
1941年に
ハンコを防衛した第8狙撃旅団が基幹となっており、第64親衛狙撃師団はヴォルホフ戦線で奮戦した
元の第327狙撃師団である。親衛称号を与えられたこれらの部隊は主に戦闘経験のある兵士の補充を受け、
新型兵器も優先配備された。それ以外の部隊には、年齢も民族もまちまちな新兵が補充された。

新兵器も投入された。戦車部隊には85mm砲を装備した新型T34が届いた。第21軍に配属された重戦車連隊のうち、
第26、27親衛重戦車連隊にはIS2が配備されている。IS2は、KV戦車に代わる重戦車で、強力な46.3口径
122mm砲を搭載し、前線突破戦車として重防御された陣地の攻撃用に集中投入されていた。「

ウクライナからはファシストは一掃された。レニングラード南でも敵はナルヴァまで敗走した。次は我々の番だ。
ソ連人民の作った新型戦車で失われた国土を取り戻すのだ。」戦車長達の前で、第27親衛重戦車連隊長
ドミトリー・グネジロフ中佐は訓示した。「味方識別のため、砲塔に赤い星を描かせろ。」中佐は命じた。
彼はフィンランド軍がソ連の捕獲戦車を大量に使用していることを知っていた。将校は数度にわたって
最前線の塹壕へ招かれ、進撃ルートを取り決めたり、戦車隊の乗員たちに引き会わされたりした。全軍の
攻勢の開始時期は秘密のままで、いつ始まるかは分からない。

702 :名無し三等兵:2018/06/23(土) 18:18:11.57
カレリア地峡のフィンランド軍は、シーラスヴォの第3軍団が北に、ラーティカイネンの第4軍団が南に配置されている。
兵力は合計9万名。ラトガ湖北のアウニュス集団はオネガ湖との間のスヴィル川に布陣し、その兵力は同じく9万名。
その北方のマーセルカ地峡には第2軍団4万5千名がいた。第14師団は独立してルカヤルヴィにあり、最も北のドイツ軍
作戦地域後方の北フィンランドに、通称青旅団こと第3旅団が配置されていた。第1線の航空部隊は117機が稼働状態にあった。

5月下旬、フィンランド軍情報部はソ連の新たな2個軍と1個軍団がフィンランド軍前面に移送されたことを把握した。
しかし、いくつかの不注意が重なりこのレポートは信頼性が低いと判断された。ソ連軍の活発な活動にも関わらず、
この時期の前線の死傷者は比較的少なかった。5月を通したフィンランド軍の損失は、戦死195名、負傷940名、
行方不明17名であった。フィンランド軍情報部は再び総司令部に警告した。「ソ連軍の総攻撃は10日以内に始まると
予測する。」ソ連軍は無線封止をしていた。それは、通常攻勢の4,5日前に行われる、明らかな兆候であった。

703 :名無し三等兵:2018/06/24(日) 19:57:51.63
フィンランド軍戦闘序列

第3軍団(ヤルマール・シーラスヴォ)
第15師団:第15,36,57連隊
第19旅団

第4軍団(ターヴェッチ・ラーティカイネン)
第2師団:第6,7連隊,49連隊第2大隊,第11連隊第3大隊,第200連隊第1大隊,独立第12大隊)
第10師団:第1,2,43連隊)
軍団予備:第1猟兵大隊

総司令部予備:第3師団、第4師団、第18師団、装甲師団、騎兵旅団

アウニュス集団(パーヴォ・タルベラ)
第5軍団(アンテラ・スヴェンソン)
 第11師団;第8,50連隊
 第7師団:第9,30,51連隊
第6軍団(アールネ・ブリック)
 第5師団:第22,23,44連隊
 第8師団M:第4,24,45連隊
 第15旅団
予備:第17師団、第20旅団

第2軍団(エイナール・マキネン)
 第6師団:第12,33,54連隊
 第1師団:第14,35,56連隊
 第21旅団

第14師団
第3旅団

704 :名無し三等兵:2018/06/30(土) 19:40:55.23
森の中でソ連第152戦車旅団の兵士達は戦車の砲身を掃除し、キャタピラを張り、給油をしている。「砲弾が届いたぞ」
補給部隊が到着し、大きな木箱が地面に積み上げられた。「新兵に砲弾をグリースで磨かせろ」1年前にハリコフ戦車
学校を卒業したばかりの21歳のボリス・マイストレンコ中尉が部下に命じた。その後で、砲弾は徹甲弾と榴弾に分けて
砲塔内に収容されるのだ。暫くするとどこからともなく続々と政治部員や指揮官達が、戦車の周りに集まってきた。

「大きなニュースがあるそうだぞ」戦車の無線機はモスクワや外国のラジオ放送を拾うことができた。「パーヴェル、
ニュースを聞かせろ」マイストレンコ中尉は通信兵に命じた。兵士は渋々無線機のダイヤルを捻った。エンジンんが
動いていては音が良く聞こえないので、将校達はバッテリーでラジオを聴く方を好んでいたのだが、通信兵は将校が
去った後でバッテリーを担ぎ、充電に行かねばならなかった。

ラジオは連合軍のフランスへの上陸を報じていた。「第2戦線が出来たぞ!」将校の間からどよめきが起きた。
レニングラード戦線工兵司令官のボリス・ビシェフスキー中将は、第52工兵旅団司令部でそのニュースに接した。
彼は旅団長のA.P.シュービンの手を握った。「どれほどこの時を待ったことか!」

705 :名無し三等兵:2018/07/03(火) 03:13:05.41 ID:hSigtUPw.net
グランドパワー2018年8月号別冊
 「フィンランド軍の突撃砲」

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706 :名無し三等兵:2018/07/15(日) 17:05:51.46
ソ連軍戦闘序列
レニングラード戦線(レオニード・ゴヴォロフ大将)
第21軍(ドミトリー・グーセフ中将)
第109軍団:第13狙撃師団、第109狙撃師団、第72狙撃師団、第125狙撃師団、第185独立戦車連隊、第1222自走砲連隊
第97軍団:第80親衛狙撃師団、第381狙撃師団、第358狙撃師団、第178狙撃師団、第226独立戦車連隊、第396親衛重自走砲連隊
親衛第30軍団:第45親衛狙撃師団、第63親衛狙撃師団、第64親衛狙撃師団、第31独立親衛重戦車連隊、第260親衛重戦車連隊、第394親衛独立重自走砲連隊、第1238自走砲連隊、第1439自走砲連隊
第108軍団:第46狙撃師団、第90狙撃師団、第314狙撃師団
第110軍団:第168狙撃師団、第265狙撃師団、第268狙撃師団
第1機動集団:第152戦車旅団、第26親衛突撃重戦車連隊、第397親衛重自走砲連隊
第2機動集団:第1赤旗戦車旅団、第27親衛突撃重戦車連隊
第3機動集団:第30親衛戦車旅団
軍直轄:第220戦車旅団、第98独立戦車連隊、第124戦車連隊、第351親衛重自走砲連隊、第952自走砲連隊、第94駆逐戦車連隊
第3砲兵突破軍団(N.N.ザダノフ少将):第18砲兵突破師団、第23砲兵突破師団、第1親衛重榴弾砲師団

第23軍(アレクサンドル・チェレパノフ中将)
第115軍団:第92狙撃師団、第10狙撃師団、第142狙撃師団
第98軍団:第177狙撃師団、第281狙撃師団、第372狙撃師団、第46親衛突撃戦車連隊、第938突撃砲連隊
第6軍団:第382狙撃師団
軍直轄:第46重戦車連隊、第226戦車連、第396親衛重自走砲連隊、第938自走砲連隊、第952突撃砲連隊

第32軍(フィリップ・ガレレンコ少将)
第27狙撃師団、第176狙撃師団、第289狙撃師団、第313狙撃師団

707 :名無し三等兵:2018/07/21(土) 08:56:37.58
フィンランド人は6月を「夏の月」と呼ぶ。この1944年6月、ソ連は冬戦争では成し得なかったフィンランドの屈服を企図した
6月9日未明、ソ連軍はフィンランド軍の10倍もの兵力をカレリア地峡正面に集中配備し、大攻勢を開始した。総兵力26万人、
7,500門の重砲と628台の戦車、自走砲、さらに1200機の航空機が作戦に参加している。このソ連軍は、量だけでなく質的にも
冬戦争、継続戦争初期と同じ軍隊ではなかった。前年秋のドニエプルの戦い以降、彼らは戦術も装備も飛躍的な進歩を遂げていた。

6時、数百機の爆撃機と地上襲撃機が飛来し、6時45分には猛烈な砲撃がフィンランド軍防衛線南端のヴァルケアサーリの
第一線陣地を鋤き返した。そこを守るフィンランド第10師団はパニックに陥った。8時20分、ソ連軍の砲撃は第二線陣地
まで延伸された。発煙弾の煙幕の中を赤旗を押し立てた歩兵達が前進を開始する。彼らの前に立ちはだかる3階建の
コンクリート・トーチカ「百万ドル砦」は90発もの203mm砲の直撃弾を浴びていた。

708 :名無し三等兵:2018/07/22(日) 07:52:16.48
この時のソ連軍の砲声は170マイル離れたヘルシンキにまで届いたと言われている。しかし、これに対するフィンランド軍の
初動は間の抜けたものであった。「大規模な威力偵察だな」第4軍団長のラーティカイネンは、これを本格攻勢とは思わなかった。
「捕虜の尋問結果では、これは明らかにソ連軍の大攻勢です」情報部のウェイナー大尉の言葉は無視された。大尉が司令部を出ると、
高級将校達はテニスを楽しみ、工兵達はサウナで汗を流していた。「前線に弾薬を送るべきです」それでも心配になった作戦参謀の
リョトコスキ中尉は補給を試みた。しかし、彼は厳しい交通規制と数段階に及ぶ書類手続きに巻き込まれることとなった。

ソ連軍爆撃機と地上襲撃機はフィンランド軍後方部隊を終日叩き続けた。その日の夕刻、ソ連軍はすでにフィンランド湾
近くに前進拠点を確保していた。

709 :名無し三等兵:2018/07/28(土) 22:41:27.28
フィンランド軍の塹壕は土砂に埋まり、地雷原は穴だらけとなり、通信網はそこここで分断された。
フィンランド第1連隊長T.ヴィルヤネン中佐は、一晩中陣地を飛び回り、取り分け損害の大きかった
第一大隊の兵士達を前線に再配置した。

ソ連軍司令部は重点形成にも配慮を怠っていなかった。「ヴァルケアサーリで突破しよう」参謀達は
立ち上がり、前線部隊に連絡を取るべく電話に向かって走った。「まずは敵戦線に大穴を幾つか開ける。
その次に突破口の連結だ」ギューセフは第30独立親衛重戦車連隊、第260重戦車連隊、第98独立戦車連隊に
ヴァルケアサーリ正面での終結を命じた。点呼をとると、KV1戦車の車列が動き始める。ソ連第109狙撃師団が
こじ開けた突破口に大量の戦車が送り込まれていた。

フィンランド兵は森の中から聴こえてくるエンジン音を聞きながら、不安のうちにその夜を過ごした。

710 :名無し三等兵:2018/08/14(火) 08:58:34.17
翌日には本格攻勢が始まった。午前5時からの1kmあたり200門、合計3000門の砲撃は2時間続いた。
7時、ソ連軍先鋒の親衛第30軍団の狙撃兵が戦車と共に前進を始めた。2個重戦車連隊のKV-1に支援された
狙撃兵師団が突破口を啓開する。航空管制将校は戦車部隊と共に移動し、最前線の500mから1km先に
地上襲撃機を誘導した。フィンランド軍トーチカが機銃掃射を浴びせると、重突撃砲が直接射撃で
これを沈黙させる。

ゴルシュコは前線観測哨へ移動し、第220戦車旅団の攻撃を見ていた。第51戦車大隊長のM.コノロフ大尉が
T34の2個中退を率いて、最新鋭のIS2重戦車1個小隊と共に前進を開始した。彼らの前方には工兵の姿が見える。
間も無く先頭の戦車が爆発を起こした。「地雷だ」すぐさま戦車回収班と衛生兵のチームが出動した。
こうして戦線に開いた裂け目に戦車部隊と機械化部隊が殺到し、突破口を3方へ拡大する。狙撃兵は
速やかに進出し、側面を援護した。「応急修理施設を前進させよう」ゴルシュコは決意した。幅500m、
奥行き1kmのソ連軍突破口には15台もの戦車が擱座しているのが見えた。

711 :名無し三等兵:2018/08/15(水) 09:20:22.61
レニングラード戦線工兵司令官ビチェフスキーは第109軍団の前線観測哨にいた。「まだ百万ドル砦は生きているぞ」
砲煙に包まれた巨大なコンクリート城塞からは、未だ盛んな機関銃の閃光が見えた。このため、爆薬を用意した
工兵達はトーチカに近づけないでいた。「砲撃を要請する」軍団長のアルフェロフは砲兵司令官のミハルキンと
交信していた。

百万ドル砦の中では木箱を背負った兵士が銃座の間を駆け回っていた。「こっちもだ。早く弾をくれ」
善戦するフィンランド軍には決定的に欠けるものがあった。それは空軍の支援と対戦車装備であった。
「弾薬はまだか」張遼する地上襲撃機を睨みながら、フィンランド第10師団長シフヴォ少将は声を荒げた。
第4軍団司令部は正午までにライヴォラ駅に弾薬を届けると約束していたが、それが果たされる見通しはなかった。

午後、ついに第1連隊の陣地が崩れた。死傷者は連隊の1/3に近い900人に達していた。12人の中隊長のうち
8人が戦死している。浮き足立った兵士達は持ち場を捨てて逃げ去った。「第58連隊と第20独立大隊に後退を
命ぜよ」包囲を恐れたシフヴォは退却を決意した。トラクターや馬匹が陣地構築作業や近隣の農業支援に
駆り出されていたため、牽引手段を失った野砲68門がソ連軍の手に落ちた。捕虜となったフィンランド兵は
ソ連兵に言った。「あらゆる抵抗が無意味だ」

712 :名無し三等兵:2018/08/16(木) 09:31:03.24
ソ連軍は幅15kmの戦線で20kmの前進を達成していた。フィンランド軍最高司令部は恐慌状態に陥った。
「第3師団と騎兵旅団を送る。反撃だ。」作戦部長にニーティラ大佐は予備部隊を投入しての反撃を主張した。
実際、マンネルヘイムはVTラインへの退却提案を却下していた。この時点で、前線部隊の指揮官達は口々に
現在地点でソ連軍を撃退してみせると述べていたのだ。しかし、第4軍団長のラーティカイネンは失敗を
予期していた。「反撃は間に合わない。ソ連軍の進撃が早すぎる。」彼はニーティラに答えた。「元帥は
退却を望んでいないぞ。」ニーティラは頭を抱えた。

正午、マンネルヘイムは第3師団長パヤリに直接連絡をとった。「装甲師団、それから第18師団と共に
主戦線を回復することは可能か?」パヤリは赤矢印で埋め尽くされた地図を睨んだ。」参謀が次々と
新しい敵の位置を書き加えている。「閣下、遺憾ながらその反撃作戦には大きなリスクが伴います。」
沈黙が流れた。パヤリはマンネルヘイムがあくまでも反撃を求めていることを悟った。「閣下」パヤリは
意見を具申した。「私がVTラインの防衛に責任を負わないということであれば、攻撃を実施します。」
マンネルヘイムは、この信頼すべき前線指揮官の意見を聞いて考えを改めた。「VTラインこそが防衛の要である。」

713 :名無し三等兵:2018/08/17(金) 07:44:16.98
フィンランド軍は弛緩しきっていた。実際、最前線のフィンランド第10師団の兵士の1割は農作業支援に駆り出されていた。
和平交渉の噂は兵士達から緊張感を失わせていた。フィンランド軍最高司令部補給総監のアクセル・アイロ少将は後に
語っている。「ソ連軍の攻勢は予想していた。しかし、我々はそれがいつ、どこで始まるのかを知ることができなかった。」
このコメントは疑問である。事前の警告はすべて無視されていた。この時彼は、ソ連軍の攻勢はエストニアに向けられると
思い込んでいた。ソ連軍はドイツ軍打倒を優先させ、フィンランドは後回しになるという希望的観測にしがみついていたのだ。
その理由について、今日では最高司令部は彼らの老元帥を心配させたくなかった、という説が有力になっている。

老元帥とはいうまでもなくマンネルヘイムのことであった。「今日は我が国の歴史の中で暗黒の日となった。」
彼は一人ですべてを背負い込もうとしていた。あらゆる情報が彼に報告され、すべての部門が彼の指示を仰ぎ、
決断は彼一人によってなされていた。参謀長でさえ、彼自身で決められることはわずかであったという。
マンネルヘイムは、今彼がすべきことをしようとしていた。

714 :名無し三等兵:2018/08/18(土) 11:18:32.44
まずはボロボロになった戦線の整理であった。「第4軍団に退却を命ぜよ。VTラインで再配置だ」ソ連軍はすでに
第10師団の戦線を穴だらけにしていた。「シーランマキを押さえるのだ」そこにはコンクリートの対戦障害物が
建設された陣地が用意されたいる。フィンランド第2師団長のマルトラ少将は速やかにシーランマキを確保した。
しかし、第4軍団の後退により、第3軍団の右翼が危機にさらされることとなった。

「増援が必要だ」次にマンネルヘイムは、東カレリアの第4,6,11,17の4個師団と第20旅団、そして北方の第3旅団を
カレリア地峡に移動するよう命じた。「アグルッティに集結し、列車に乗車しろ」サッラ東方の陣地にいた第3旅団
第2大隊のヒリー少尉は中隊本部から命令を受けた。「身の回りのものだけを背嚢に詰めろ。準備が出来次第出発だ。
ぐずぐずするな」ヒリーは命じた。

その後やるべきことは援助の要請であった。「対戦車兵器が必要だ。我々には敵戦車を食い止める術がない」
彼の意を受けたニーティラ大佐は直ちにドイツ軍のエルフルト将軍と連絡をとり、援軍と武器援助を要請した。

715 :名無し三等兵:2018/09/19(水) 18:42:53.83 ID:WROhfnMI.net
>>1のタイムスタンプに泣いた><;

716 :名無し三等兵:2018/09/22(土) 23:09:19.15
夕方、レニングラード戦線司令官ゴヴォロフは第21軍司令部を訪れた。「第63親衛狙撃師団がヴィボルグ高速道路の
入り口を押さえました。」司令部には各軍団から続々と報告が届いていた。「捕虜の尋問によると、攻撃は完璧に
奇襲となったようだな。」ゴヴォロフは満足げに将校達を見回した。「無線傍受班から至急電です。敵第3師団が前線に
移動中。敵は予備兵力を投入してきました。」第21軍司令官グーセフが告げた。ソ連軍の対応はフィンランド軍の
それとは異なり機敏なものであった。ゴヴォロフは命じた。「予備の第108軍団を君の指揮下に送る。敵の
作戦予備部隊を拘束し、叩き潰せ。」

その頃、ソ連軍が占領したばかりのテリヨキには、第30親衛軍団第45親衛狙撃師団が集結していた。兵士達が
集合を命ぜられると、政治将校、青年共産主義同盟、共産党指導者が入れ替わり立ち代り演説を行った。
「同志諸君、ヴィボルグは歴史的に重要な町だ。偉大なる指導者レーニンは何度もその町を訪れている。1907年、
そして1917年にもアレクサンドル通り15番地に住み、革命を指導した。この住所を覚えて欲しい。この町を
ファシストの手から取り戻し、偉大な歴史遺産を破壊から守るのだ。」ソ連軍はヴィープリへ向けて
進撃を開始しようとしていた。

717 :名無し三等兵:2018/09/29(土) 18:24:40.11
「敵の機動部隊はどこにいる?」フィンランド軍は戦線突破後に現れるであろうソ連作戦機動群の所在を必死で探索していた。
11日、装甲師団所属猟兵旅団は、第4軍団司令部から威力偵察を命ぜられた。あいにく、旅団長のアルベルト・プルマ大佐は
夏季休暇で不在のため、副官のエリック・サンドストローム中佐の指揮下、攻撃は10時に始まった。砲兵の支援もない混乱した
状況下、部隊はポルヴィセルカ付近でソ連第30親衛軍団の前衛部隊と接触した。猟兵達は奮戦し、何台かの戦車を撃破したが、
砲兵及び対戦車兵器の不足により結局は後退を強いられた。

「もしVTラインが破られたら、スヴィルとマーセルカから撤退します。」ヘインリヒスはドイツ第20山岳軍のディートル大将に
告げた。これによりフィンランド軍は2〜3個師団をVKTラインの防衛に投入できるはずであった。「その計画はできる限り早く
始めた方が良い」ディートルは答えた。カレリアの戦線はあまりに長かった。もしフィンランド軍が敗れれば、彼の部隊は
ノルウェイへの退路を断たれる恐れがあった。

718 :名無し三等兵:2018/10/08(月) 12:28:15.03
その頃、ラトビア、リガ東方のマルピルスのドイツ第1航空艦隊司令部に慌ただしい動きがあった。
「OKL(空軍総司令部)から臨時部隊を編成せよとの命令が来た」司令官クルト・フリューグベイル
中将は幕僚達に部隊編成を命じた。

数時間後、エストニアのタルツ近郊ドルパット基地の第3地上襲撃航空団本部の電話が鳴る。ここは
ドイツ空軍の前線重要拠点であり、補給部隊や修理部隊の施設が集まっていた。コンクリート舗装
された滑走路には待機中のJu87スツーカ急降下爆撃機が並んでいる。「指揮官、航空艦隊司令部からです」
クルト・クールメイ中佐は司令部員から受話器を受け取った。窓からは連絡機が離陸するのが見えた。
クールメイはポーランド、ノルウェイ、フランス、イギリス、地中海、ソ連を転戦した歴戦のスツーカ・
パイロットである。1941年1月10日には英空母イラストリアスに命中弾を与えている。彼は2言か3言
話すと受話器を置き、その場にた第1大隊長ハンス・フォン・バーゲン大尉に言った。「至急移動準備だ。
第1大隊は航空団本部と行動を共にせよ。目的地はイモラ基地。」バーゲンは訝しげな表情を浮かべた。
「イモラ?」クールメイは答えた。「フィンランドだ。」

719 :名無し三等兵:2018/10/13(土) 09:39:07.02
同じドルパット基地に駐留する第54戦闘航空団(JG54)もペトセリー基地の第2代替をフィンランドに
移送させるよう命令を受けていた。緑色のハート、グリュンヘルツを紋章とするJG54は、東部戦線の
ドイツ空軍部隊の中でも際立った戦功で知られていた。戦争終結までに9500機もの撃墜戦果をあげ、
ヴェルナー・ノボトニー、オットー・キッテルら100名以上のエースは輩出している。指揮官エーリッヒ・
ルドルファー少佐は、2ヶ月前に134機撃墜の功により、柏葉付騎士十字章を授与されたばかりの、
ドイツ空軍が誇るトップエースの一人である。

12日朝、カレリア地峡では、ソ連軍は早くもVTラインに到達した。

720 :名無し三等兵:2018/10/14(日) 14:31:59.29
第10師団を後衛に後退するフィンランド軍は、南から第3師団、騎兵旅団がVTラインの陣地に配置された。
北部では第3軍団が右翼に部隊を移動させている。中央の第4軍団の防衛の要はヴィープリへの前進路である
キヴェンナーパであった。

しかしゴヴォロフは手薄な海岸道路にも大規模な部隊を集中しようと考えた。戦車、重戦車、自走砲の
各1個連隊で増強された第30親衛軍団主力はキヴェンナーパへ、第64親衛狙撃師団と戦車連隊2個、自走砲
連隊2個、重自走砲連隊1個はヴァンメルスーへ向かった。

12日朝、早くもソ連軍はVTラインに到達した。東カレリアからアロンゾ・サンドマン少将の
第17師団が
カレリア地峡へ急行していた。冬戦争で第30連隊を指揮してタイパレの攻防戦に参加し、41年の攻勢では
第7連隊でタイリャ、ソルタバラ、東カレリアを転戦したアルマス・ケンピ大佐の第20旅団もカルフマキ駅に
集結した。総ては時間との戦いであった。

721 :名無し三等兵:2018/12/28(金) 01:40:36.42 ID:oNjZDKUi.net
冬将軍来襲保守

722 :名無し三等兵:2018/12/29(土) 19:31:49.54
第20旅団は第22連隊の2個大隊を基幹に、歩兵4個大隊と第40重砲大隊、そして第20軽野砲大隊から構成されている。
彼らの移動は容易ではなかった。ソ連軍爆撃機の跳梁が激しく、線路は各地で寸断されていた。機関車や貨車も不足
している。「まずは人員と武器だ。余計なものは後からでいい。急げ。」ケンピは声をからして、兵を叱咤した。

南下する第3旅団の将兵を乗せた長い列車は、単線の線路をケミ湖に向かって走っていた。「何処に向かっているんだ?」
兵士達は小声で囁き合っていた。「警報。空襲だ。」突如見張りの兵士が叫び、対空機関砲が火を噴いた。ほぼ同時に、
爆音と共に太陽を背にしたソ連の戦闘機が列車を機銃掃射した。銃弾はボイラーを撃ち抜き機関車は煙を上げて停止した。
この空襲により、第3旅団長ハンヌラ大佐が戦死した。このため、カイ・サボンヨウシ大佐が旅団の指揮を引き継いだ。

大量に部隊を引き抜いたため、東カレリアの防衛戦の再構築が必要となっていた。マンネルヘイムは、ベルリンに赴任
していたパーヴォ・タルベラを緊急召還した。「マセル作戦群を指揮して欲しい。」ミッケリの総司令部に出頭した
タルベラはその場で第2軍団長に任命された。

723 :名無し三等兵:2019/01/01(火) 21:12:21.41 ID:8NPKhSN4.net
とりあえず保守

724 :名無し三等兵:2019/01/01(火) 21:12:40.26 ID:8NPKhSN4.net
名スレ干す

725 :名無し三等兵:2019/01/01(火) 21:12:57.93 ID:8NPKhSN4.net
wniの鈴木里奈の脇くっさ
      (6 lゝ、●.ノ ヽ、●_ノ |!/
         |     ,.'  i、     |}
       ',     ,`ー'゙、_    l
       \ 、'、v三ツ   /
        |\ ´  ` , イト、
       /ハ ` `二 二´ ´ / |:::ヽ
     /::::/ ',   : . . :  /  |:::::::ハヽ
https://twitter.com/ibuki_air
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726 :名無し三等兵:2019/01/03(木) 18:05:53.66
朗報もあった。援助を要請するフィンランド政府に対して、ヒトラーはまず武器禁輸令を解除した。ドイツ軍は早速
兵器の緊急輸送に着手する。「輸送機には余裕がない。敵機の行動も活発だ。敵の海空軍の警戒線を突破するには
夜間の海上輸送がよかろう。」エストニアの海軍基地からフィンランドまでは数時間の距離である。水雷学校や
訓練艦隊から高速艇がかき集められた。

13日、日の出前の暗い海面をドイツ海軍魚雷艇の一団が波濤を蹴立てて進んでいた。この船団はフィンランド軍
にとって、起死回生の秘密兵器、携帯式対戦車ロケット砲を運んでいる。「会合点だ」魚雷艇の艇長が双眼鏡で
あたりを警戒する。やがて彼は、発光信号を点滅させながら近づく船舶を発見した。「我に続け」の信号を確認
すると彼は航海士に命じた。「フィンランド軍だ。あの船に続け」魚雷艇はフィンランド軍哨戒艇の先導により
フィンランド東部、ポリに入港した。

この日476本のパンツァーファウストとパンツァーシュレック50門、そしてロケット弾600発が揚陸された。

727 :名無し三等兵:2019/01/12(土) 16:29:40.14
「戦線中央には敵第18師団、装甲師団の一部が配置されています。航空偵察によると第4師団が前線に向かっています。」
情報部からの報告を元に、ソ連軍も次の攻勢に向けて部隊を再編成していた。「キヴェンナーパの守りは固いな。
クーテルセルカと、その北のシーランマキで突破しよう。」偵察部隊の報告を聞いたゴヴォロフは、第30親衛軍団を
キヴェンナーパに配置する一方で、同軍団から第31独立親衛重戦車連隊、第351親衛重自走砲連隊を引き抜き、
第109軍団指揮下に入れた。さらに独立戦車連隊と自走砲連隊それぞれ2個を第108軍団に編入した。シーランマキは
第23軍の担当となった。クーテルセルカには第21軍の第72狙撃師団が集結し、第31戦車旅団、第27親衛独立重戦車連隊、
第98及び185独立戦車連隊、第351親衛独立重自走砲連隊、第1222自走砲連隊の車両がひしめき合っていた。

街道上はひどい混乱に陥っていた。戦闘部隊に加え、様々な後方勤務員も前進していたし、その一方で流れに逆らって
進む後送する負傷兵を乗せた自動車や荷車は各地で行軍を妨げていた。道は狭く、後退するフィンランド軍は周囲一面に
地雷を埋設していたが、工兵隊にも地雷処理の余裕がなかったため、街道を外れるのは極めて危険であった。

728 :名無し三等兵:2019/04/27(土) 02:01:23.91 ID:/DF46yCw.net
フィンランド先生が何か、執筆中のようですよ。

729 :名無し三等兵:2019/04/30(火) 19:37:03.21
「再びカレリア地峡軍司令部を設置する必要がある。」マンネルヘイムは、効率的に舞台を運営するため、
3月にカレリア地峡軍を2個軍団に再編成していたが、実際にソ連軍の攻勢が始まると2個軍団は各個撃破される
おそれが高まっていた。さらに到着するであろう増援部隊も、必要な時に必要な場所に投入される必要があった。

14日朝、オネガ湖方面にいたレンナルト・オシュ中将は最高司令部のアイロ少将からの緊急電話をとった。
「状況は絶望的です。最高司令部は貴官に新しい任務を与えます。第3軍団と第4軍団の統括のため、直ちに
最高司令部に出頭してください。」オシュは、自身がカレリア地峡軍司令官になったことを知った。彼は
すぐさま司令部スタッフと連絡をとった。「ソ連軍攻勢の主軸は第4軍団に向けられている。すぐに
ラーティカイネンと連絡をとりたい。」オシュの問いにアイロは答えた。「所在不明です。ヴィープリ周辺の
どこかにいるはずです。」オシュにとっては冬戦争以来の苦境であったが、今後はもっと深刻であった。

730 :名無し三等兵:2019/05/02(木) 10:21:05.52
VT線に配備されたばかりのフィンランド第3師団の戦区では、8時30分に90分の事前砲撃の後、ソ連第109軍団が攻撃を開始した。
ソ連軍先鋒は第53連隊の第1線陣地で釘付けにされた。フィンランド軍の防御砲火は熾烈であった。ソ連第72狙撃師団第133連隊
通信中隊は早々に中隊長を失った。砲撃により、電話線は各所で寸断されている。「増援を呼べない以上俺たちが行くしかない」
レオニード・アルダシェフ軍曹は、信号弾を打ち上げると自らライフルを持って駆け出す。中隊全員が彼に続いた。彼らが
塹壕になだれ込むと白兵戦が始まった。

フィンランド軍陣地には動揺が走った。「予備の第48連隊から1個大隊を増援に送れ」パヤリは命じた。しかし、早くも
9時には第53連隊第2大隊の守るクーテルセルカ村の防衛線は突破された。ソ連軍はそのまま進撃を続け、辛うじて戦線を
持ちこたえていたヴァンメルスーの騎兵旅団の左翼を圧迫する。

増援の第48連隊第1大隊が到着したのは、昼過ぎであった。8台のT34戦車と2台のSu76自走砲を伴ったソ連第133連隊は
対戦車障害物の爆砕を始めている。午後1時にはさらにフィンランド独立第13大隊も駆けつけてきたが、ソ連軍の浸透速度が
速く、彼らは反撃どころか防衛線の構築に忙殺された。「包囲される前に退却だ」対戦車兵器に欠く騎兵旅団は重圧を受け、
撤退を余儀なくされた。

731 :名無し三等兵:2019/05/06(月) 15:01:02.03
フィンランド第4軍団司令部では、ラーティカイネンが戦線を繕おうと試みていた。18時、8機のJu88爆撃機が飛来し、
交差点と線路付近のソ連軍を爆撃した。「敵がVTライン後方に回り込み始めている。クーテルセルカの穴を塞がねば
ならない。」マンネルヘイムは、虎の子の装甲師団に出動を命じた。アルベルト・プロマ大佐指揮下に、猟兵旅団、
突撃砲大隊、高射砲中退、戦車猟兵大隊から成る戦闘団が編成された。「緊急出動だ。ぼやぼやするな」
SSヴィーキング師団出身の猛者、突撃砲大隊第1中隊長のカール・キヴィカント中尉が命令すると、突撃砲兵は
愛車に向かって駆け出した。急降下爆撃第4連隊の爆撃は22時と23時過ぎにも決行され、さらに砲兵4個大隊も
砲撃支援を行った。

装甲師団長ルーベン・ラガス少将が第3師団司令部に姿を現した。第3師団長パヤリは覗き込んでいた地図から
顔を上げた。「よく来てくれた。この戦況を何とかしよう。君の部隊に攻撃目標を与える」それを聞いた
ラガスは侮蔑の表情を浮かべた。「私は君が開けた穴を塞ぎにきたんだ。誰からの指示も受けない。」
パヤリは顔を紅潮させたが、屈服せざるを得なかった。ラーティカイネンより、戦略予備部隊は独立して
作戦を行うと告げられたのだ。彼は怒りのあまり、何も言わずに部屋を出た。

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