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MaxとMayaの行く末 2

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 15:51:42 ID:7mtZN3ax.net
64ビット版すら出せない出来の悪い兄弟が死亡するまでを見守るスレです。

Max:複雑化したコアとプラグインに頼り切ったのが仇となり業界一の重量級ソフトとなった。
   古いくせにモノマネで育ってきた環境のため、未だにハイエンドソフトになりきれないが価格は
   ハイエンドクラスになってしまった。

Maya:DGという宗教にハマり右習え的なガチガチコアで柔軟性がない共産主義的ソフト。
   ユーザーにMayaの欠点を修正させる機能のMelを搭載。本家は体力不足によりADに入院中。

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/14(土) 10:54:03.49 ID:utJOB69a.net
Houdiniのビジュアルプログラミングの位置付けを考えるなら、
MayaにおけるエクスプレッションとMelプログラミングの関係を考えればいい。
言語体系は同一であるが前者はビヘイビアを定義するもの。
後者はそれを包含しつつ全体のマネージメントシステムの構築ツールと言える。

具体的に言えば、カスタムGUIを作ってキャラクタをセットアップしたり、
選択したりというおなじみのツールはマネージメントシステムだがこれはMayaの得意分野だ。
その分野はHoudiniは得意でないし注力してこなかったのは、
あくまでビヘイビアを定義する事に特化したビジュアルプログラミング環境だからだ。

お互い得意分野が重なっておらず、お互いに棲み分けをした違うもの同士だからだ。
しかし、状況は変わった。
>>282 で予想した直後にその予想がBifrostの登場により実現することとなった。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/14(土) 10:54:51.82 ID:utJOB69a.net
人体の中にある腸内バクテリアに向かって「もうお前はいらない。俺が自分で消化する」と宣言したのだ。
ホストとゲストの力関係は言うまでも無く前者が強い。
なお、FabricEngineの開発者はしきりと「Mayaの置き換えを狙ったものではない。FEはプラットフォームだ」
というがこれは見事なパラドックスであり、プラットフォームを狙うというのはMayaのリプレースを狙ったものだ。

HoudiniはV14でGUIでのキャラクタアニメーションをアピール。
売られた喧嘩は買うしかない。さぁ戦いの火蓋が切って落とされた。
Houdini対Mayaの全面戦争

XSIをぶちのめしそのユーザを殆ど取り込んだMayaはHoudiniとの戦いに勝てるであろうか?
一ついえることはXSIよりもはるかに手ごわい相手だということだ。

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/14(土) 11:05:14.85 ID:utJOB69a.net
XSIの場合はスタックベースのアーキテクチャが早々に行き詰まりDFMを組み込むために
ICEという「離れ」を作らざるを得なかった。
そして後半は離れ(ICE)のみが肥大化していった。

Houdiniは随分と立派ではあるが、あくまで「離れ」である。
人気も有るし品質もよい。しかし離れは離れだ。
Mayaと比較してここがアーキテクチャ上の最大の弱点となる。

つまりフルレンジの統合DCCツールとしてデファクトを狙うなら
全ての分野に強くなければならない。
離れだけでなく本館も露天風呂も送迎バスも踊り子も組合活動も決済システムも全部必要になるのだ。

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/14(土) 11:05:57.97 ID:utJOB69a.net
Mayaとはそれら全てがそろっており長年DFM分野はHoudiniという他社製の離れに頼っていたが、
今後はDFMについても自社製のBifrostという離れを作ってしまった。
さーHoudiniはどうする。
これからは独り立ちしてMayaと戦う必要があり、それは「離れ」以外のものを全部用意
しなければならない事を意味する。
V14のUXとはその表れである。

この勝負はどうなるか。
可能性としてHoudiniがMayaを打ち負かす事も無いわけではない。
Houdiniには優れた天才プログラマーがおり、元XSI開発者も加わり、そして何より嫌われ者のMayaのライバルである。
手かせ足かせがあっても敵をぶちのめすこともあるだろう。
しかし一般論をベースに公平に考えた場合、Mayaを打ち負かす可能性は限りなく低いといわざるを得ない。

これは原理原則に係わる部分であり奇跡でも起きなければ無理といわざるを得ないのだ。

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/14(土) 11:11:08.64 ID:utJOB69a.net
キャラクタアニメーションの観点で見た場合、DCCツールの多くの要素の集合体=総力戦であり、
Mayaがキャラクタアニメーションに強い理由はアーキテクチャであるPFMと密接にリンクしている。
Houdiniにおいてこれを行う場合、もともとエフェクトに最適化した
DFMでキャラクタアニメーションを含めて全て行う事となる。
そこに大きな壁が立ちはだかる。

Mayaの場合、組み込まれたFabricEngineもBifrostも一種のラージノードシステムであり、
独自のノーダルシステムをMayaのPFMの内部に埋めこむことが出来る。
この様にしてMayaの場合既存のPFMの中にラージノードを入れ込むことで
DFMが得意とする分野も実現できる。

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/14(土) 11:12:10.82 ID:utJOB69a.net
しかしDFMオリエンティッドなHoudiniにはその様な方法論が取りづらい。
PFMが得意とする分野は広範にわたる為、現実的ではないのだ。

ではHoudiniがDFMとは別のキャラクタアニメーションに特化した
サブシステムを実装するとどうなるだろうか。
これはまさにXSI+ICEの組み合わせそのものとなる。

その結果現在のHoudiniの洗練されたように見えるアーキテクチャが
XSI+ICEのような家庭内別居夫婦のような状態になってしまうだろう。
その点、全てを飲み込むPFMによって統一されたアーキテクチャを持つMayaは
いくら拡張しても破綻しない。

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/19(日) 08:03:55.47 ID:Jjpn7b66.net
いつも親の介護をしている長男夫婦は歳をとって頑固になった老齢と
ドロドロの関係で親と折り合いが悪くなったりするわけだが、
そこにたまに遊びに来る次男夫婦は可愛い孫を見せてお茶飲んで肩もんで食器も洗わずに帰っていく。
老齢な親は、たまに来る次男夫婦は「良い奴ら」に見えてしまって、
「遺産はぜーんぶ次男夫婦にやるわい」。
下の世話をし、全て面倒な仕事ををやっている長男夫婦からしたら
「良いトコだけ持って行きやがって」となる。
この場合、MayaとHoudiniがどちらの夫婦の比喩か言うまでも無いだろう。
きらびやかなプロシージャルエフェクトツールのHoudiniが活躍できるのは
下の世話をし、料理の下準備をし、家計をやりくりし、増改築をして
皿洗いにトイレ掃除までする
プラットフォームとして泥臭い仕事を全て受け持つMayaの存在があるからである。

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/19(日) 08:07:51.86 ID:Jjpn7b66.net
よく「次世代」とか「新世代」という言葉をXSIファナティックは好んで使ったがこれはまやかしであった。
本来必要な泥臭いものに蓋をしたか見ないふりをしたが、
物事の根本や原理原則はそう変わるものではない。

部外者が塀の外から見ればいつも文句を言い合う長男夫婦よりも、
お茶飲みながら楽しそうに会話している次男夫婦の方が
すぐれたアーキテクチャであり、古臭いMayaという長男夫婦の代わりに
きらびやかな次男夫婦に老齢の両親を引き取らせ介護させれば
万時上手くいくと多くの人は錯覚してしまう。

Houdiniは100人がいれば100人がベタベタに褒めちぎる過剰持ち上げの
構図とは実に単純な話だ。

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/19(日) 08:13:11.36 ID:Jjpn7b66.net
ノーダルシステムの弱点として、肥大化して行った場合、
可読性が一気に落ちてしまうことだ。
HoudiniのようなDFMの場合、人間がチマチマノードツリーを構築していくので、
原則としてそのデータの構造をフローとして
理解しておく必要がある。

人間のワーキングメモリは人間の頭脳の物理的特質により概ね決まっており
特異な人を除けば報告書はA41〜2枚に収めるのが良しとされ
るのは人間が理解できる範囲は概ね決まっているからだ。

パーティクル制御のような限られた用途の場合は所詮右から上、上から下にデータが流れるだけだが、
これが複雑なキャラクタアニメーションとなると事情は異なり
エフェクトの組み合わせや環境とのインタラクションまで考えれば指数関数的にノードネットワークは複雑化する。
MayaのPFMが肥大化しても破綻しないのは、純粋なデータフローモデルでも
ビジュアルプログラミング環境でも無いので
人はそのノードネットワークを全て理解する必要は無い。
よってどれだけ肥大化しても可読性の問題が出てくることはない。

コーディングの場合どれだけ巨大化しても破綻しないのは、それぞれの
要素に分割されたものの集合体であり、各要素はプログラマーの把握できる
A41枚の世界に収斂するためである。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/19(日) 08:16:40.31 ID:Jjpn7b66.net
所で、何故Mayaの中にHoudini的なビジュアルプログラミングを構築しなかったのだろうか。
様々な理由があろうが、一つの理由としてそこまでのニーズが無かったからだ。
そんな馬鹿な?
>>403 でAutodeskの内部の人間が実際はICEはほとんど使われなかったことを暴露した。

ネット界隈では特にAutodeskのXSI殺しEOL以降やたらとHoudiniが持ち上げられるようになった。
「Houdiniはいいぜ。なんでも自分でコントロールできる。腕次第さ」
なんていわれればGUIの操作しかしてないユーザは反論しようが無い。
格好良いノードネットワークを数学的知識とともに構築し使いこなしている構図を
コンプレックスを抱きながら指をくわえて眺めるその他大勢という構図だ。
皮肉なことにこれはMaya黎明期に、すっからかんのMayaでプログラミングを
しまくる世界を畏怖の目で見ていたその他大勢の構図そのものだ。
これはZbrushをつかって芸術的な人物を作るアーチストも同じように見られるであろう。

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