ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【237】
- 444 :この名無しがすごい! :2022/08/29(月) 00:07:49.77 ID:qX0XiH/Va.net
- この先に行くと岬がある。しかし俺の目的地はその手前の砂浜だ。急な崖とドン深の狭い砂浜で、夏というのに人が少ないのは周知の事実だった。
小高い岬を越えれば海の家が軒を連ねて、焼きそばやうどんの昇りが立っていて、ハンバーガーショップやソフトクリーム屋がある。はずだ。
だが俺はそれを確認しなかった。俺は目的地にハンドルを切った。何軒かの住宅しかない駐車場。
原野を整地しましたといわんばかりに中央が緩く盛り上がっていて砂利を敷き詰めただけだ。
発見したのは恐ろしいほどの偶然だった。3年前、野営地を探して航空写真を便りに放浪していた。
人が居なさそうな程よい海岸を発見して現地まで行き、車でゆっくり走りながら停められそうな場所を探していた。
まるで空き巣の下見だった。
すると丘の上の変な場所に駐車場という看板がある。白地のトタン板に青ペンキでくそ汚い字で書いてあった。
中に進むとまた手作り感満載の立て板があり、同じ青いペンキで「←料金箱」と書いてある。
数台の車がバラバラと停まっていた。とりあえず車を停めてその矢印の方向に向かうと、掘っ建て小屋があって、その中に夏休みの宿題かよと突っ込みたくなるような鉄製の料金箱があった。
300円と書いてある。野菜の無人販売と同じ方式だ。俺はとりあえず料金を支払って海岸に降りて一夜を過ごした。
一週間後、俺はまたあの海岸に行きたくなった。人気のない海岸自体も気に入ったが、正直あの無人駐車場も気になっていた。
正体不明の感情だった。
俺は夕日が見れるタイミングで海岸に向かう。そして駐車場に着き、ちょっとワクワクしながら料金所に向かった。
しかしここでアクシデントが起こる。小銭がない。なんて迂闊だったんだ。いっそ1000円札を入れようかと思ったが、小さく折ったとしても入りそうにない。
ここはくそド田舎。海の家も店じまいを始めて周辺に自動販売機もない。万事休すか。しかし俺は一計を講じた。
いつも持ち歩いている豪雨の中でも書けるメモ帳とボールペン。別に雨は降っていなかったがこう書いた。
小銭が無くて料金が払えませんでした、必ずや払いに来ます。
そう書いて料金箱の台に石で重しをしておいた。この手のシステムは絶妙なバランスで成り立っている。提供者が与えて利用者が応える。じゃなければどこかで破綻するのだ。
寛容な地主と誠実な利用者。この美しい関係を壊したくなかった。
そうして車から荷物を降ろす作業を始めた時だった。一台のハイブリットカーがキーンと音を立てて入ってきた。
作業をしながらリアガラスから助手席のガラス越しに様子を伺っていると、料金箱の前で止まった。
ああ、やっぱり善意の連鎖でこの国はまだまだ大丈夫だな、等と思っていると、出てきたのは小学生の女の子二人。
キャッキャウフフと騒いでいる。次に出てきたのは若い夫婦。男性がジャラジャラと鍵束を出して、ガチャガチャと酷く立て付けの悪そうな音を出し始めた。
しまった、地主だ。
別に悪い事をした覚えはないが、特殊な状況に気まずさのあまり身を伏せた時、女性が言った。
「何これ」
「んー」
男性が答えて顔を寄せあっている。メモを読んでいるらしい。気まずすぎる。
その後爆笑が起こり、手を叩きながら笑っている。俺はスワットのような体制で車の陰を移動しながらその場を去った。
翌朝料金箱を見るとメモは無くなっていたけど、重しの石はそのままだった。俺は20分かけて自動販売機を探し、舞い戻って料金を支払った。
しかし、車に戻ってから少し考えてまたメモを取り出した。内容は。
「約束通り料金を支払いに来ました、提案ですが、自動販売機を設置してみてはどうでしょうか、老婆心ながら」
我ながら余計なお世話だ。
それから11ヶ月の時が経った。8月間近のくそ暑い中、久しぶりにあの海が見たくなった。
コンビニに寄って小銭を確認してから件の海岸沿いの駐車場に行ってみた。うろ覚えの道を何回かUターンしながら何とか着いた。
所詮は海沿いだ。走っていれば導かれる。変わらない汚い字の看板にちょっとワクワクしながら駐車場に入った。未舗装の地面にタイヤがジャリジャリと音を上げる。
何も変わらなかったが、ひとつだけ違った。
自動販売機が設置されていた。
小銭と飲み物を用意する必要がなくなった。
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