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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【234】

738 :この名無しがすごい! :2022/02/20(日) 12:19:11.85 ID:Nbgs/vJlM.net
『みんなふきんしん』

 採用面接とは緊張を伴うものだ。それは採用される側もそうだし、採用する側も同様だ。特に、一緒に面接をするはずだった同僚が急な休みで、一人で面接を行わなけれはばならない時は尚更だ。
「どうぞお入り下さい」
 そんな緊張感が表に出ないように努めて平静を装いながら、俺は応接室の外側へ向けて声をかける。
「失礼します」
 ノックの後に声が聞こえ、そして開いたドアから女性が姿を見せた。
「ようこそお越しくださいました。どうぞお掛けください」
 テーブルを挟んだ向かい、一人掛けの来客用のソファを目の前の美人に勧める。
 そう、美人だ。履歴書の写真よりも実物の方が輝いてみえるような。
 俺は内心の喜びを抑えながら、通り一遍の説明を始める。
 緊張した面持ちの女性は名を山井藤乃と言った。
 彼女は凄まじいスペックの持ち主だった。語学に堪能で、積み上げてきたそのキャリアは、なぜうちの会社を転職先に決めたのか理解に苦しむ程だ。
「―――といった感じになります。このように、弊社は業務の都合上、頻繁に海外出張の機会があります。ご経歴を拝見させて頂くと語学面では問題無いように見受けられますが、如何でしょうか?」
「はい。海外出張の経験はありませんが、言葉の上では問題ないと思います。ただ、実は、その……。くくっ……。ふふ……」
 俺の質問に応え始めたかと思うと、山井藤乃は急に言い淀み、そして口元を手で抑え肩を震わせる。
 途端に落ち着きを無くしたその姿に俺は違和感を覚えた。緊張しているというよりは、その姿はそう、笑ってはいけない場面で必死に笑いを堪えているような姿に見えた。
 しかし当の本人はそんな俺の困惑に気付いた風もなく、懸命に言葉を続ける。
「そ、その、英語って名字と名前が逆になるじゃないですか。それで私が英語で自己紹介するとですね……。くくぅっ! ぷぷっ!」
 そこまで聞いて、俺はピンと来た。
「あ、あぁ、なるほど。山井藤乃さんだから、自己紹介するとマイネームイズフジノヤマイ。つまり不治の―――」
「ああー! それ言わないで! ぶは! あぁー! あひゃー!」
 みなまで言い終わらない内に、山井藤乃は机を叩きながらゲラゲラと爆笑を始めた。そんな彼女に俺は戸惑いながら声をかける。
「い、いやそんなに面白くないと思うけど!? ていうかその言葉で笑うのはちょっと不謹慎じゃないかな!」
「あはぁぁ……! はぁぁ……! すぃま……! せん……!」
「えっと、英語で自己紹介する時は毎回そうなるんですか……?」
「は、はい……! はぁはぁ……! 割と……!」
「そ、そうですか……。い、いやしかし初対面の外国人に、フジノヤマイって言葉で笑ってるって説明する訳にもいかな―――」
「ひゃあー! またそれ言うからあああ!! はぁぁあぁあ!! っぃひ! っひ! っいひ!」
 再び爆笑したかと思うと、ついには過呼吸まで起こし始めた彼女に、俺は面食らいながら告げた。
「わ、わかりました! わかりましたから! ちょっと落ち着いて下さい! と、とにかく、これで面接は終了です。合否は追ってご連絡差し上げます!」
 そして散々笑い尽くした後、山井藤乃は目に涙を浮かべ、全身を震わせながら部屋を後にしていった。
 追って連絡すると言ったものの、俺の中ではもう合否は決まっていた。
 いくら美人で凄まじい経歴の持ち主でも、さすがにあれではちょっと採用はできない。何より、不治の病で苦しんでいる人達に対して余りにも不謹慎にすぎるだろう。
「次の方どうぞ!」
 俺は内心憤りながら次の希望者を呼び、履歴書を確認する。
(お、中国の人か)
 漢字が難しくて名前は読めなかったが、履歴書に書かれたスペックは先程の山井藤乃に勝るとも劣らないものだった。
(この人も凄いな。名門大学を出ていてキャリアも十分。日本語も英語もバッチリみたいだ)
 つい今しがたの憤りと残念の気持ちが瞬時に消え失せ、再び大きな期待に胸が高鳴るのを実感する。
「失礼しまス!」
 ノックの後、ハキハキとした声が俺の耳に届く。
「どうぞお入り下さい」
 開いたドアから姿を見せたのは、きりりとした印象を与える美白細面の美人だった。
「どうぞお掛けください」
「はい! 失礼しまス!」
 内心、またもや美人が来てくれた事に喜びつつ、俺は言葉を続けた。
「それでは、まず始めに自己紹介をお願いします」
「はい!」
 今にも緩みそうな頬に心の中で喝を入れながら、彼女の言葉を待つ。
「譜琴秦(フ・キンシン)と申します! よろしくお願いしまス!」
 その言葉を聞いて盛大に吹き出すことは、難しい事では無かった。

おわり

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