◆文芸書籍サロン総合スレッド【1】◆

この名無しがすごい！

　始業まであと十分。
　今日は遅刻しなかったと山崎弘茂こと山シゲは、堂々と教室のドアを開けて立ち止まった。
　教壇近くの窓際で、朝っぱらから、ケントとメイが誰はばかることなく濃厚なキスを交わしていたからだ。
　メイはこちらに背を向けている。少し細めの柔らかそうな黒髪が細い腰の辺りにかかり、息を荒げながら体勢を変えるたびに短いスカートの裾も一緒に揺れた。ガン見していると、ケントがメイ越しにちらりとこちらに視線を合わせてくる。
（山シゲ、頼んだ）
（はいはい。今日もメンヘラ彼女に困ってるってわけね）
「お熱いのー、ご両人、少しは周りを気にしたらどうだ？」
　二人に咎めるような視線を送っていたクラスメイトたちの間を「すんませんね」と小さく詫びつつ通り抜け、教室のキスがいかにも大したことのない些末なことであるかのようにアピールしながら近づいていく。
「ごめん、メイちゃんが、あまりにカワイかったもので自制できなかった」
「今日もアレか？嫁お手製の手作り弁当か？　うらやましいのー、嫁のいない俺は今日も学食のわびしい日替りランチだ」
「山シゲさんの分も、今日は作って来ました。ケントの一番のお友達ですから」
「ま、マジか？できた嫁よのー。この山シゲ、感謝にむせび泣いておる！」
「ねえ、ケントー、私もお弁当作って来たんだけどどうする？その子のなんかより、よっぽど美味しいと思うけど」
「サ、サキさんの実家は洋食レストランだったな。これは強敵あらわる！　愛が勝つか、味が勝つか？」
　大袈裟におどけながら内心は大弱りだった。
　山シゲが頼まれた役割は、二人があえて普通のカップルであるかのように周りにアピールすることである。
（おいおい、こんなキ◯ガイカップルに普通に横恋慕してくる女が現れたぞ。あとメイが俺にも弁当渡してくるってことは俺に気があるってこと？　それとも彼氏へのいい娘アピール？　本当に性格がいいだけ？　行動動機が不明な奴ばっかりで、この後どう展開させりゃいいかさっぱり分かんねえよ）
「じゃあ、山シゲ、二人でサキさんの分も分けて食べようか。せっかく作って来てくれたのに悪いから」
「そうでやんすね、わりーすもんね。ケント一人では全部食べられないでやんすもんね。拙者も協力させていただきやす！」
(何だとぉ)
メイのこめかみがピクリと動いた。
「いや、山シゲ、お前は食べなくて良いから
ケントのために作って来たものだからね
お前はその子のJKレベルのまずい弁当でも食ってなさい」
　抱き抱えるように山シゲから弁当をガードしながら、しっしっと片手で追い払う仕草をするサキ。
　対する山シゲはそれどころではない。
　メイの様子を察して
「あのサキさん、今回は遠慮させてもらいます。せっかく、作って来てくれたのに悪いですが」
「あっそ、じゃあ、これ山シゲあんたにあげる
心して食えよ
サキ様特製弁当だから」
「マ、マジっすか、ありがてー
サキ様の弁当が食えるなんて、人生でもうこれっきりです
サキ様の寝姿を思い浮かべながら、心して頂かせていただきます」
（このサキって子はケントに作ってきた弁当なのに、なんで急に俺に渡すんだろう？　その心が分かるような言動とか仕草とか表情とかあったっけ？？　あと寝姿ってなんだ。急に作者の個人的な性癖いれてないか？）

「うん、ケントの親友の山ちゃん、私の分は心配しなくて良いからね
別の人にもらっていただきますので」

（もういいや）