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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【212】

863 :56回参加作品 :2021/03/05(金) 16:58:47.06 ID:RK7ZyFwU0.net
 突然の出来事に立ち尽くす。
 足下に大きな穴が空いていた。カル(犬だ)が吠えていたのはそのせいか。
 いつもの散歩道。原っぱ。マンホールの蓋が空いているのでもなく。
 立体感のまったくない真っ黒な円が、夏草を踏み倒して地面に張り付いている。
 穴だよな、と思う。黒すぎて本当はなんなのかよくわからない。穴にしか見えないというだけだ。
 晴れた6月の朝だ。大気は濃く、雨の匂いを含んでいる。あたりを見渡す。誰もいない。
 空と穴と生い茂った草。
 おそるおそる上半身だけを前に出して穴をのぞき込んだ。風がそよいできて、草々がふれあう音がする。
「爾が深淵を覗くとき」
 子供の頃の魔法使いごっこを思い出しながら、呪文のように唱えてみる。
「深淵もまた爾を覗くのだ」
 黒。あらゆる光を吸い込んで、逃がさない。閉じこめられた光はどこに行ったのだろう。
「あなた、そこで何をしているの?」
 突然声がして、穴の中に娘の顔があらわれる。長いまつげ、大きな眸は透明な青。亜麻色の髪、白い裸の肩。闇の中からなんの感情もうかがえない表情でこちらを見上げている。
 どのくらいの深さにいるのだろうか。
 カルがくんくん鼻を鳴らしながら顔を穴に寄せる。
「君はそこでなにをしているの?」
「訊いたことに答えなさいよ。ちょっと。その犬咬まないでしょうね?」
 彼女はむっと鼻の頭にしわをつくって言い返した。カルがおしりを地面につけて一度だけ吠える。コミュニケーションが必要な局面だ。
「犬の散歩中。カルは咬んだりしない」
「嘘よ」
 彼女は、鏡が像を映しだすより早く言いきった。
「どっちのこと?」
「散歩のこと」 
「嘘なんて」
「あなたはわたしたちを邪魔しに来たんだわ」
「そんなわけない。『たち』って言ったね。仲間がいるの? ここで何をしてるんだい? 」
 彼女は戸惑ったような表情で、しばらく考えてから言った。
「目印をつくってるのよ。そこにもうひとつ」
 彼女は裸の上半身を浮かび上がらせ西の方を指す。
「そこにも。まっすぐな線をひくの」
 そう言って南を指す。
「なんのために? いつもの散歩道でこんなことされたら困るよ。落ちたら大変だし」
「目印。言ってるでしょ。あなたはここにあるものの光の反射を知覚しているのではなくて、あなたが見ているがために知覚可能になったものを見ているのよ。そんな人はめったにいないから、他の人には関係ないと言いきれるわ。これはあなたとわたしの問題」
「何を言ってるのかわからないけど」
「あなたが光だといってるんだわ。困ったわね。これからまっすぐな線をひかなきゃいけないのに。あなたがいたら空間が歪んじゃう。何も見なかったことにしてもう行って」
「じゃあ、行くよ。でもその前に言いたいんだけど」
「なに」
「僕は人間だ。光じゃない」
「わかったわ。でも同じものなのよ。悪く思わないで」
「さよなら」 
「さよなら」
 
 それから数日後、世界中のあちこちでこんな(・_・)顔文字が発見されはじめた。
 はじめ、その報告はごくわずかな数でしかなく真偽を疑う声も多かったが、とにかく「ある」ということが認識されると、爆発的な増加をみせた。
 無数に発見された顔文字(・_・) は、すぐに『フェイス』と名付けられ、なんやかやの専門家が集まってその原因と存在意義を調査・研究した(僕には口を挟む方法も資格もなかった)が、ついにその日が来るまで謎が解明されることはなかった。
 その日、と言うのはそれを目印に地球外知的生命体の宇宙船が飛来した最初の日、ということだが。
 ただ僕が出会ったあの娘、彼女が何だったのか、今も皆目わからないのだが、あの娘の作った『フェイス』だけはこんな感じで。

 :)

 薄っすらと笑みを浮かべていた。

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