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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【212】

312 :美世だが :2021/02/26(金) 14:49:57.26 ID:15llwKD70.net
「才能無いってわかってて、働きながらバンドマンやってるうちにジジイになってもた兄ちゃん、自費出版して万年貧乏ななんちゃって作家」
 美世さんは遠い目をしながら続けた。
「目の見えない妻のために平原を花で埋めつくそうとしている爺さん」
 美世さんはこちらを向いた。
「そもそも絵ぇて、手で書くもんやのうて心で書くもんとちゃうんか」
 あたしは頭の中に稲妻が走った。
「みずきが一番知っとるんちゃうん、わかってて目を背けた君は迷子なんや」

 そう言って寂しそうに笑った。
 その日はどうやって帰ったか覚えていない。そして何日引きこもっていたろうか。ある日の昼下がり、あたしは公園にたった。
 ホームレスのおじさん逹に挨拶をして、背負っていたイーゼルを広げ、フレキシブルな簡易テーブルのついたアウトドア椅子を広げた。
 そして、トートバッグから麻張りキャンバスを出してイーゼルに掛けた。
「おお? 何事だい、みずきちゃん」
「絵を描きます、モデルになってください」
 おじさん逹は意味がわからないといった様子でポカンとした。あたしは構わずパレットを出して義手を上に向けて親指にパレットをさした。絵の具と溶き油とナイフをテーブルに並べたあたりでおじさん逹が大笑いを始めた。
「モデルだってよ、俺たちが、こいつぁ傑作だ」
 あたしは事故以来触りもしなかった筆を取った。利き手ではない左手で。それからは夢中だった。利き手でないことで、技法に新しい思いつきがあった。
 すごい、広がっていく、一旦は閉ざされた世界が再び広がっていく。緑豊かな公園のベンチで穏やかに談笑するおじさん逹の心が見える。どれぐらいの時間がたったろう。背後で声がした。
「うまいやん」
 美世さんの声だ。あたしはふりかえった。彼女は満面の笑みだった。
「そう思いますか?」
「絵の事はわからんけど、なんかこう、あったかいなぁ、題名あるんか」
「心です」
「あー、なんかにじみ出てるわ、今のみずきが」
「美世さん、有難うございます」
 彼女は吹き出した。
「なんや急に」
「あたし、美大に行きます」
 美世さんはため息をがちだったが嬉しそうに言った。
「なんや、迷子卒業かいな、よかったなぁ、でも大学行っても時々遊んでな」
「もちろんです、あたし逹親友ですよね」
「そや」
 あたしは夢も希望も失って迷い混んだ公園で、不思議な友達が出来た。その友達があたしを救ってくれたんだ。

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