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安価・お題で短編小説を書こう!8

402 :この名無しがすごい!:2020/06/26(金) 17:08:18.85 ID:UYwiAdru.net
>>388
使用するお題→『小川』

【途中まで書けたけど、没作で……申し訳ねえ、最近調子悪いわ】

 空高く昇った太陽が、肌を容赦なく焼く。その暑さから身を守ろうと噴き出す汗も、ワイシャツの襟にしみて楓を焦らすだけだった。

 肌にべったりとつく服を乾かすように、首周りの第一ボタンに指をかける。
「夏だね」
 目の前を流れる川の心地よいせせらぎとかすかな涼しさが、首元から服の中に忍び込む。体内の熱にとどめを刺すように、楓はすでに溶け出している棒アイスを口に咥えた。
「ねぇ、楓」
 隣で、アイスより先に溶けそうな声が聞こえる。
「そのアイス、一口食べさせて」 
 同級生の桜が後ろの石段に手をかけて、羨望が漏れ出す瞳を楓の口元に向けている。
「んーどうしよっかな」
 口の中の冷気が惜しいが、親友の首筋を滝のように流れ落ちる汗が、楓の心を揺らがせた。結局のところ自ら川面まで直接降りられるこの石段を下ろうと誘った手前もあり、申し訳なさを感じずにはいられなかった。
──ここ、涼しくていいと思うんだけどなぁ。
 体質の違いというものだろうか。楓は一瞬浮かんだ疑問と不満の答えをそう決定づけて、太陽を睨む。
──顔だけは似せたくせに。
 こればかりは自分たちの、所謂母なる存在を憎むしかなかった。
「はい」
 楓は棒アイスについた歯型を桜に向けた。
「やったー、楓優しい」
 とろけそうだった目尻に、急に生気が戻る。瞳孔にハートのマークさえ浮かんできそうな気がしてくるほどの笑顔。自分の頬が、思わず緩んだ気がした。
「好きだなぁ、桜のそういう顔」
「えっ」
 アイスに向かって口を大きく開けていた桜が、ぴたりと止まった。
「そう?」
 桜は照れを隠したいのか、それとも大っぴらにしてしまいたいのか、自分でもわかっていないような声を上げた。
「うん」
「そっかぁ……」
 いつもならはしゃいで誤魔化しそうな彼女がこんなにも大人しく頬を紅潮させているのは、熱い日差しのせいだろうか──楓がそう考えている間に、桜は再びアイスにかじりつこうとしていた。
 なるべく串をぶらさないように努めながら、アイスを持ち替える。体が正面に向いて、意識は自然と不規則に光る水面に移った。
「あっ!」
 桜があげた素っ頓狂な声に、楓の目線が串の先端に引き戻される。眼下に、垂直に落ちる水色の物体が映った。
 ぺちゃり。楓の鼓膜が拾いあげた音は、脳内でその文字になって現れた。桜とほぼ同じタイミングで、瞳を下へと走らせる。
「ごめん、桜ぁ」
 先にそう声を発した楓の網膜には、先程まで串にしがみついていたアイスが、力尽きたかのように石段の上で溶け出すのが映っていた。
 桜は──これも暑さのせいか──どこか力なく笑った。少しかすれた声で、ゲラゲラと笑うのが、いつもの彼女の笑い方だ。
 お世辞にも上品とは言えないが、楓も、彼女の他の友人もその笑い声を嫌がる風はなくて、むしろ愛らしささえ感じているように見える。
──その笑い方も好き。
 また、さっきと同じように漏れだしそうになった本音を、今度は抑えた。
 心なしか、楓には桜が笑いを気にしているようにも思えていた。
──なんでだろう?
 みんなは、桜のその笑い方が好いている。なのに桜は、もっと端的に言えば、同じものを嫌っているのだ。
 同じ人間なのに、違う。同じ構造で組み上げられた目と、耳と、鼻孔と、肌と、舌を持っているはずなのに、感じているものは違う。
 生物の先生が教えてくれた優性遺伝とか、デオキシリボ核酸やゲノムがどうとか、そんな話をすれば答えは出てきそうな気がしたが、それはどこか、楓が求めている理由とは違った。
「田中ぁ!」突拍子もなく桜の声が響く。
「うわっ」
 意識が、脳の底からぐっと引き上げられた気がして、楓は一瞬動けなくなった。自身の眼球だけが、四散してゆく鯉の群れを追っていた。
「どうしたの桜!」
 立ち上がった桜の影が、楓の太腿を覆っている。
「生物の先生の真似だーよ」
「いきなりすぎでしょ」
 出任せの突っ込みを入れたあと、やっと金縛りが解けたような気がして腹の底から何かがこみ上げてくる。
 まばらにこちらまで身を寄せてきていた鯉が、また散り散りになった。

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